時計を確認していないから分からないけれど、大体十分くらい経った頃に、新月さんは厨房のドアを開けて帰って来た。
 手に乗せたお盆には、温かい飲み物が入っているのか、湯気を立てるカップ。

 新月さんが歩くたびに、気持ちがほぐれていくような、丸くなっていくような、心地いい香りがふわりと私に届く。

 なんだろう、このいい匂い……。

「お待たせいたしました」

 新月さんが、私の前にティーカップを置く。
 中に入っているのは、多分お茶だろう、澄んだ晴れやかな茶色の飲み物。
 見ているだけですっごく心を込めて淹れたんだって分かるくらい、夏の広く青い海よりも、冬の黒い夜空よりも、あまりに綺麗な色をしていた。
 茶色の花が咲いているみたい……。

「もう閉店していますし、お代は要りませんから飲んでみてください。熱いですのでお気をつけて」

 新月さんが言い終わる前に、その優しくて美味しそうな匂いと色につられて、私はカップを取っていた。

「熱っつ……」

 新月さんが言う通り、一回目は舌が火傷しそうな熱さだった。ほとんど味が分からないくらいだったけど、ニ回目はしっかり冷ましてから飲む。