「すみません、私の身の上話なんか聞いてもらってしまって」
一息に話し終わり、私は一旦落ち着く。
二人は神妙な顔をして私を見ていた。
「そうか、そんなことがあったんだね……。話してくれてありがとう、寧緒さん」
「園井って男は最低な野郎だな。どういう神経してやがんだ?」
まるで自分のことみたいに怒りを滲ませてくれる四ツ谷さんに、私は苦笑いをする。
「園井さんがあんな人だなんて、私、想像すらしてませんでしたよ。私って、本当に馬鹿だなぁ」
ちょっと優しくされたぐらいで彼の全てを信たりして。
だがその一方で、園井さんが世間知らずだった私を支えて、色んなことを教えてくれたのも本当のことだ。
洋食屋や百貨店に連れて行ってくれたり、園井さんの好きな舞台を一緒に見に行ったり。
今まで祖母の選んだ着物ばかり着ていたけれど、園井さんが洋服を贈ってくれたことをきっかけに、おしゃれなワンピースも着られるようになった。
嫌いになったはずなのに、どこにいても何をしても園井さんのことばかり。
彼の言っていた通り、私は一人では何も出来ない無力な小娘でしかなかったと痛感させられた。
「園井さんという方は、寧緒さんみたいな優しい子には相応しくないよ。むしろ、あなたの方からあの男を捨ててしまえばいい」
穏やかな表情に似合わない左門さんの強い言葉に、私は少し驚いた。
「寧緒さんが彼の人生に花を添えるだけだって?寧緒さんは彼のための飾り物なんかじゃない。園井さんがいないと何も出来ない?いいや、そんなことはありえない。寧緒さんは、彼が自分を肯定してくれる存在だったから依存しているだけだ」
私は思わず言葉を失った。
左門さんが、こんなにも真剣な顔をしてくれるなんて。
彼が主役の人生劇。その中で私は脇役であり、ただ、園井さんに花を添えるだけの存在。
それを否だと、左門さんはきっぱり告げてくれた。
まるで、目を逸らして蹲るだけの私の代わりに、怒ってくれているみたいだ。
「あっ……ごめん、知ったような口を聞いちゃって」
左門さんは冷静になったように、下がり眉で謝る。
「……いえ、ありがとうございます。そんなことを言ってくれた人は初めてでしたから、驚いちゃっただけで。怒ってくださって、私は嬉しかったです」
「俺は?俺も寧緒ちゃんのためならいくらでも怒れるぜ」
俺も俺も、と四ツ谷さんがぐいぐい主張してくる。
私の口から笑いが零れた。
「ふふっ、四ツ谷さんもですよ。ありがとうございます」
落ち込んでいた気分が晴れやかになるようだった。
左門さんは、私が『園井さんが私を肯定してくれる存在』だから彼を必要としていると言った。
そうなのだろうか。そんな視点、考えたこともなかった。
確かに私は、園井さんに自分の名前を素敵だと肯定してもらえたのをきっかけに、彼と交際を始めた。
祖父母からは疎まれ、何故両親がこの名をつけたのかの意味さえ知ることのできなかったこれを、好きだと言ってもらえたから。
「私、ちゃんと園井さんを忘れられますでしょうか」
「できるよ、寧緒さんなら」
左門さんの優しい微笑みが眩しくて、空になった椀と小鉢に視線を落とす。
できるだろうか。本当に。
「そもそも、寧緒ちゃんが下衆な野郎に狙われるようになったきっかけってのはお前さんの家族が原因なんだろ?そこをどうにかすればいいんじゃないか」
まるで犯罪者のような言い様にちょっと苦笑しつつも、少し考えてみる。
「それは……ちょっと難しいかもしれませんね」
大元を辿れば祖父母に理由があるのは分かっている。
「私の父が亡くなり、母がどこかへ追い出されてしまった時から、私は祖父母のことをどうしても好きにはなれません。育ててもらったことはとても感謝していますが……」
どうしても、好きにはなれなかった。
祖父母が大切にしているのは、冴木家の孫であって冴木寧緒ではない。
私をちゃんとした名前で呼ばず、両親のことも私の目から隠して触れさせないようにして。
私のためと言いながら、本当は冴木家の見栄えのことばかり。
私に真に向き合ってくれていたのなら、なぜ私の名前を呼んでくれなかったのだろう。
それを、今になって面と向かって問いただす勇気は私に得られそうにはなかった。
「どちらにせよ、私は祖父母の選んだ人と結婚することになるでしょうから、もういいんです。最後にお二人に話を聞いて貰えただけで十分ですよ」
園井さんのこと以前に、こうなってしまえば後のことは容易に想像がつく。
滞りなく見合いが進み、祖父母の選んだ相応しい人とやらと結婚して、自立したいという願いは断たれる。
だが、そんな私の手を取り、左門さんはとんでもない発言をした。
「だったら僕と結婚しようよ」
「えっ……!?」
「はぁっ!?」
隣で四ツ谷さんが素っ頓狂な声を上げている。
私は今、自分がなんと言われたのか上手く理解できなかった。
何をしようって?
結婚しようよって。
誰が、誰と?
私が、左門さんと。
「って、それはさすがにダメだよね」
左門さんは混乱する私をよそに、ぱっとその手を離してあははっ、と誤魔化すように笑った。
「んだよこのボケ野郎が。おどかすんじゃねぇ」
まだ私の心臓は暴れている。
冗談だったとはいえ、あんなに熱い眼差しで見つめられてしまえば、蕩けてしまいそうだ。
「びっくりしました……。西洋の物語に出てくる王子様みたいで、ドキドキしちゃいましたよ」
左門さんと私は出会ったばかりなのに、なかなか思い切った冗談を言う人らしかった。
左門さんが洋装なのも相まって、昔父からもらった童話に出てくるような王子を思い出して、一人でひたすら赤くなっている。
「こいつ顔だけは良いからな。寧緒ちゃん、騙されちゃいけないぜ」
「人聞きの悪いこと言わないでよね。もうっ」
つられてくすくす笑ってしまう。
「でも、ちょっと子供の時のことを思い出せて私は嬉しかったです。父からもらったものは、今はもう手元にないので、時間が経つほどにあんまり思い出せくなっちゃうんですよね」
おぼろげながらの記憶はあっても、それだけだ。
父が帰国する頃になると、母が毎日ソワソワして嬉しそうにしていたことも覚えている。
楽しい記憶はちゃんとある。
それ以上に、悲しい記憶が増えすぎてしまったのだ。
一息に話し終わり、私は一旦落ち着く。
二人は神妙な顔をして私を見ていた。
「そうか、そんなことがあったんだね……。話してくれてありがとう、寧緒さん」
「園井って男は最低な野郎だな。どういう神経してやがんだ?」
まるで自分のことみたいに怒りを滲ませてくれる四ツ谷さんに、私は苦笑いをする。
「園井さんがあんな人だなんて、私、想像すらしてませんでしたよ。私って、本当に馬鹿だなぁ」
ちょっと優しくされたぐらいで彼の全てを信たりして。
だがその一方で、園井さんが世間知らずだった私を支えて、色んなことを教えてくれたのも本当のことだ。
洋食屋や百貨店に連れて行ってくれたり、園井さんの好きな舞台を一緒に見に行ったり。
今まで祖母の選んだ着物ばかり着ていたけれど、園井さんが洋服を贈ってくれたことをきっかけに、おしゃれなワンピースも着られるようになった。
嫌いになったはずなのに、どこにいても何をしても園井さんのことばかり。
彼の言っていた通り、私は一人では何も出来ない無力な小娘でしかなかったと痛感させられた。
「園井さんという方は、寧緒さんみたいな優しい子には相応しくないよ。むしろ、あなたの方からあの男を捨ててしまえばいい」
穏やかな表情に似合わない左門さんの強い言葉に、私は少し驚いた。
「寧緒さんが彼の人生に花を添えるだけだって?寧緒さんは彼のための飾り物なんかじゃない。園井さんがいないと何も出来ない?いいや、そんなことはありえない。寧緒さんは、彼が自分を肯定してくれる存在だったから依存しているだけだ」
私は思わず言葉を失った。
左門さんが、こんなにも真剣な顔をしてくれるなんて。
彼が主役の人生劇。その中で私は脇役であり、ただ、園井さんに花を添えるだけの存在。
それを否だと、左門さんはきっぱり告げてくれた。
まるで、目を逸らして蹲るだけの私の代わりに、怒ってくれているみたいだ。
「あっ……ごめん、知ったような口を聞いちゃって」
左門さんは冷静になったように、下がり眉で謝る。
「……いえ、ありがとうございます。そんなことを言ってくれた人は初めてでしたから、驚いちゃっただけで。怒ってくださって、私は嬉しかったです」
「俺は?俺も寧緒ちゃんのためならいくらでも怒れるぜ」
俺も俺も、と四ツ谷さんがぐいぐい主張してくる。
私の口から笑いが零れた。
「ふふっ、四ツ谷さんもですよ。ありがとうございます」
落ち込んでいた気分が晴れやかになるようだった。
左門さんは、私が『園井さんが私を肯定してくれる存在』だから彼を必要としていると言った。
そうなのだろうか。そんな視点、考えたこともなかった。
確かに私は、園井さんに自分の名前を素敵だと肯定してもらえたのをきっかけに、彼と交際を始めた。
祖父母からは疎まれ、何故両親がこの名をつけたのかの意味さえ知ることのできなかったこれを、好きだと言ってもらえたから。
「私、ちゃんと園井さんを忘れられますでしょうか」
「できるよ、寧緒さんなら」
左門さんの優しい微笑みが眩しくて、空になった椀と小鉢に視線を落とす。
できるだろうか。本当に。
「そもそも、寧緒ちゃんが下衆な野郎に狙われるようになったきっかけってのはお前さんの家族が原因なんだろ?そこをどうにかすればいいんじゃないか」
まるで犯罪者のような言い様にちょっと苦笑しつつも、少し考えてみる。
「それは……ちょっと難しいかもしれませんね」
大元を辿れば祖父母に理由があるのは分かっている。
「私の父が亡くなり、母がどこかへ追い出されてしまった時から、私は祖父母のことをどうしても好きにはなれません。育ててもらったことはとても感謝していますが……」
どうしても、好きにはなれなかった。
祖父母が大切にしているのは、冴木家の孫であって冴木寧緒ではない。
私をちゃんとした名前で呼ばず、両親のことも私の目から隠して触れさせないようにして。
私のためと言いながら、本当は冴木家の見栄えのことばかり。
私に真に向き合ってくれていたのなら、なぜ私の名前を呼んでくれなかったのだろう。
それを、今になって面と向かって問いただす勇気は私に得られそうにはなかった。
「どちらにせよ、私は祖父母の選んだ人と結婚することになるでしょうから、もういいんです。最後にお二人に話を聞いて貰えただけで十分ですよ」
園井さんのこと以前に、こうなってしまえば後のことは容易に想像がつく。
滞りなく見合いが進み、祖父母の選んだ相応しい人とやらと結婚して、自立したいという願いは断たれる。
だが、そんな私の手を取り、左門さんはとんでもない発言をした。
「だったら僕と結婚しようよ」
「えっ……!?」
「はぁっ!?」
隣で四ツ谷さんが素っ頓狂な声を上げている。
私は今、自分がなんと言われたのか上手く理解できなかった。
何をしようって?
結婚しようよって。
誰が、誰と?
私が、左門さんと。
「って、それはさすがにダメだよね」
左門さんは混乱する私をよそに、ぱっとその手を離してあははっ、と誤魔化すように笑った。
「んだよこのボケ野郎が。おどかすんじゃねぇ」
まだ私の心臓は暴れている。
冗談だったとはいえ、あんなに熱い眼差しで見つめられてしまえば、蕩けてしまいそうだ。
「びっくりしました……。西洋の物語に出てくる王子様みたいで、ドキドキしちゃいましたよ」
左門さんと私は出会ったばかりなのに、なかなか思い切った冗談を言う人らしかった。
左門さんが洋装なのも相まって、昔父からもらった童話に出てくるような王子を思い出して、一人でひたすら赤くなっている。
「こいつ顔だけは良いからな。寧緒ちゃん、騙されちゃいけないぜ」
「人聞きの悪いこと言わないでよね。もうっ」
つられてくすくす笑ってしまう。
「でも、ちょっと子供の時のことを思い出せて私は嬉しかったです。父からもらったものは、今はもう手元にないので、時間が経つほどにあんまり思い出せくなっちゃうんですよね」
おぼろげながらの記憶はあっても、それだけだ。
父が帰国する頃になると、母が毎日ソワソワして嬉しそうにしていたことも覚えている。
楽しい記憶はちゃんとある。
それ以上に、悲しい記憶が増えすぎてしまったのだ。