電子音が鋭く鳴って反射的に身構えた。
定時10分前に設定していたアラームだ。
画面から顔を上げて、上体を軽く捻ってストレッチをする。
最近は残業時間の短縮化が叫ばれていて喜ばしいのだけれど、持ち帰りもできない仕事を山と積まれては手も足も出ない。
これでプロジェクト始動に間に合わなかったら誰が責任を──とまで考えて胃が痛くなって止めた。
部署内の勤怠表にアクセスして確認すれば、外回り組は直帰のアイコンがついていた。羨ましい。

「望月さん、お先失礼します」
「お先でーす」
「あ……お疲れ様でした」

まだ仕事を大量には任せられない後輩達がそそくさと支度を済ませて帰っていく。堂々と挨拶したくせに逃げ帰るような丸まった背中を見送っているうちに何かモヤモヤしたものが胸の中で凝るようで、慌てて深呼吸した。
定時退社上等だ。自分の仕事は終わっているのだから残る義理もない。彼らは正しい。
そう言い聞かせてモヤモヤを切って捨てるけれど、どうしても捨てきれない余りがざわざわと落ち着かなくさせた。

「私も帰らなきゃ……だけど」

ぐううう、と腹の虫が唸った。面白いほど響いたそれを耳にして、後輩が帰っていて良かったと心から思えた。

「おなかすいた……」

エネルギーが足りない。頭が痛い。ブルーライトカットの眼鏡なんて気休めだ。
自席の引き出しを開けてチョコバーでも齧ろうかと思ったが、こんな時に限って何の蓄えもなかった。
パーフェクト・ムーンが聞いて呆れる。

「もういい、かえる……」

思わず口に出した声が泣きそうで惨めだ。
それでも消灯と施錠は無意識に厳重確認しているあたりが三つ子の魂百までというやつだろう。