「イライラっていうのは、道端の石ころと同じで、いくら拾ってもなくならないんですよ」
 残酷な真実を目の前に置かれてしまって、私は思わずため息をついた。
「目の前にあるポテトチップスだって、ここに来るまでにいろいろな人の手を経て来たわけで、そういった人たちのイライラの結晶かもしれませんよ。じゃがいも畑の人は天候に翻弄され、トラックで運んだ人は渋滞にはまり、工場で加工した人は機械の不調に悩まされ、小売業の人は身勝手なお客さんに泣かされる。つまり、我々は誰かのイライラを食べて生きている」
「うわあ、それは嫌ですね」
「だけど、そうやってここにたどりついた余り物でできたご飯は、なぜかおいしい」
 ――あ……。
「そうですね」
 不思議なことだけど、それが世の中の仕組みっていうものなのかもしれないな。
「もう、答えは出てるんですよ」と、お兄さんがふやけたお茶漬けに視線を落としながらつぶやいた。
 ――答え?
 全然分からないけど。
 ちょっと口をとがらせ気味になった私の表情を見てピンクエプロンのお兄さんが微笑みを向ける。
「自分のことではあまりイライラしないでしょ」
「そうですね」
「自分で決めたこととか、自分でやったことなら、失敗してもたいていは、『ま、いいか』で済ませられる。でも、他人に何かされたことって、自分とは関係なく降りかかってくるから、よけようがない。青信号で進もうとしたら横から突っ込まれたのと同じ。へたすればそれで死ぬこともある」
「やっかいですよね」
「しかもどうにもならない。自分がいくら気をつけてたって、思いもしないタイミングで必ず襲いかかってくる」
「ジェイソンとかゾンビより始末が悪いですね」
 ははは、と朗らかに笑いながらお兄さんがほうじ茶を出してくれた。
「ありがとうございます。どれもおいしかったです」
「それは何より」
 私はため息でお茶を冷ましながらたずねた。
「結局、どうしたらいいんですかね」
「どうにもならないですよ。期待しても無駄。絶対に逃げられない」
「そっか……」
「でも、自分はできるだけ自分の理想に近づける努力はできるでしょ。ちゃんと準備したり、決められたことは守るとか。その上で、なんらかのもらい事故を受けたなら、そういうものだってあきらめて対処すればいいじゃないですか」
 余り物の食材しか使わない人に準備とか言われてもなんか説得力に欠ける。
「でも、それだと解決にも予防にもなりませんよね」
「だから、解決なんかしないんですって」と、ちょっと張り上げた声のトーンを落とす。「期待したって予防もできない。だからこそ、いつか必ず何かが起こると思って準備しておけば、『ああ、予想通りだった』って、淡々と対処できるんですよ」
 そういうものかなあ。
 そんなにうまくいかないから、こうしてここで愚痴を言ってるんだけどな。
 結局、振り出しに戻っちゃう。
 やっぱり何の解決にもなってない。
 でも、なんだろう。
 不思議と心が軽くなってるような気がする。
 モヤモヤを全部吐き出しちゃったからかな。