「着きましたよ」

五分程歩いて、紺に手を引かれてやってきたのはあやかし通り商店街の一番突き当りを神社のほうにひとつ筋を入った右奥だった。店の前には、小さな木製看板が置いてあり営業中の文字が見える。入り口の赤い暖簾には『あやかし通り 恋結び食堂』と黒字で書かれていた。

紺が暖簾を上げながら引き戸をガラリと引いた。

「さぁ、どうぞ」

一歩足を踏み入れれば鰹節のお出汁の匂いと香ばしい油揚げの匂いが立ち込めていて空腹は限界に近づいてくる。

「カウンターに座ってまっててください。すぐに作りますね」

紺は私に席を案内すると直ぐに深い緑色のエプロンを身に着け鍋に油を注いだ。私はお手拭きで掌を拭いながら、こじんまりとした店内を見渡す。十五畳くらいだろうか。四人掛けの木製のテーブルが二組とカウンターの席が五つ並んでいて店の天井の隅に神棚が見える。

(あれ……あの神棚のお札……)

私の視線に気づいた紺が口を開いた。

「あれはあやかし神社で頂いた縁結びのお札です。良縁を祈願してあそこに飾っているんです。早速効果がありましたけどね」

紺がいたずらっ子みたいな顔で鍋を振りながら微笑んだ。その笑顔になぜだか心臓がとくんと跳ねる。

「琴さん?どうかされましたか?」

「あ、いや何でもないんです……ただ、先日私もあやかし神社にお参りにいったばかりなのでなんか……こう……」

「ふふ……ご縁を感じますね」

「えっと、そう、ですね」

何だか紺の顔を見るのが気恥ずかしくなった私は紺のお鍋の中を覗き込んだ。お鍋の中にはキャベツとミニトマトが見える。黄緑と赤色のコントラストが鮮やかで食欲を掻き立てる。

「琴さん。お野菜にもご縁にまつわる意味があるのをご存じですか?」

「え?お野菜にご縁の意味?」

「はい。例えばこの京都から仕入れた春キャベツですが、キャベツというのは芯を包むように葉を巻いてますよね、『包む』『葉を巻きこんでいる』ことから、人間関係を円滑にすると言われているんです。自分と他者の心を包みこみ、まるで葉を巻き込むようにご縁の糸を手繰り寄せて良縁を結ぶとされているんです。特に仕事運をあげてくれる食べ物ですよ」

「わ……知らなかったです。素敵……」

唇を持ち上げた紺が茹で上がったパスタを鍋に放り込むとさっと炒めながらホワイトソースを絡めていく。