「ふふ、そんなに緊張しなくても琴さんに危害を加えたりしませんから。実は本日より期間限定で食堂を出しておりまして、良かったら召し上がって行きませんか?」

紺の声はやはりふわふわとしていて、その凛とした美しさもどこか人間離れしている。私は身動きが取れず口を一文字にすると固まってしまった。紺がくすっと笑った。

「大丈夫ですよ、おばけじゃないですから、あなたを黄泉の国に連れていったりしませんよ。ちゃんと生きてますしね」

紺は、私が緊張から握りしめていた右の拳の上に自身の掌を乗せた。すぐにじんわりと体温が伝染してくる。

「あ……あったかい」

「でしょ。僕はただ純粋に琴さんに食事をごちそうしたいんです」

「え……食事をごちそう?」

「えぇ。先ほども申し上げましたが、本日開店したばかりで奥まった場所ということもあり、思ったよりお客さんがこなかったので食材が余ってるんです。新鮮なお野菜は新鮮なうちに召し上っていただきたいですし、試作品を食べてくださる人を探しておりまして……そんな時ちょうど琴さんのお腹の音が聞こえてきたので……つい……」

紺は肩をすくめた。

「あの……でもいま初めて会ったばかりの方にごちそうしてもらうのは何だか……気が引けてしまって……」

「いいじゃないですか。これも何かのご縁ですよ」

(ご縁……)

「いや……でもやっぱり……」


その時、空気の読めない私のお腹が豪快に空腹を知らせる音を鳴らす。

「あっ……」

紺がクスっと笑うと私の掌を再びそっと握った。

「えっ……あの」

紺の掌はおおきくてあたたかい。そしてとまどう私を気にも留めずに紺はゆっくりと手を引いた。

「さあ、琴さん行きましょう」

間違いなく出会ったばかりなのにも関わらずその掌の温もりを私は知っているような気がして、私は紺に言われるがまま紺と並んであやかし通り商店街の片隅を歩いていく。