──私が紺に会ったのはその日が最後だった。

翌週の金曜日も同じように会社の帰り道、紺の店に行ったが、店先の木製の立て看板も暖簾もなくなっていてシャッターが下りていた。

紺にちゃんとお礼を伝えられないまま会えなくなるなんてどうしても嫌だった。

諦めきれない私は、それからも時間をみつけては紺の店を訪ねた。そして紺に会えなくなって数ヶ月後のある日、店に行くとシャッターには一枚の紙が張り付けてあり、墨汁で丁寧に文字が書かれている。


『あやかし通り恋結び食堂閉店。ご愛顧くださり誠にありがとうございました。またのご縁を楽しみにしております 店主』

(……そんな……)

肩を落とした私の前にふわりと風に吹かれて木の葉が通り過ぎていく。

(もう……紺さんに会えないの……?)

思わず紺の手書きの文字をそっと撫でると、耳元でキューンッと小さく動物の鳴き声がした。その鳴き声には聞き覚えがある。

「え……?この声……」

私が耳を澄ませていると目の前の張り紙が水色のハンカチに姿を変え、ひらりと宙を舞うとゆっくりと孤を描いて広げた私の掌へ舞い降りた。

「え……これコンに……」

父から誕生日にプレゼントで貰った水色のハンカチで、隅に私のイニシャルである『K』が刺繍されている。間違いない。あの日私がケガをして蹲っていた狐を手当したときに腕に巻いてあげた父の形見のハンカチだ。私はその狐にコンと名付けて呼んでいたことを直ぐに思い出す。

(元気そうでよかった……)

あの満月の夜、ケガをしているコンを思わず連れ帰ったものの、家に包帯がなかったことと、自宅の消毒液で消毒することしか手当できなかった私は、このままコンが死んでしまったらどうしようと不安になり、亡き父の形見のハンカチに元気になるよう願をかけてコンに巻いてあげていたのだ。

「ふふ……やっぱり紺と……コンの恩返しだったのね」

私は紺の笑顔と狐のコンに想いを馳せながら夜空を見上げた。藍色の夜空にはまあるいお月様がこちらを見下ろして微笑んでいる。

「……あ……今日は満月なんだ……じゃあもしかしたら……」

私はある考えが浮かぶとすぐに駆け出した。