「ところで、先日話されていた娘さんとはお話できましたか?」

紺の言葉に女性がすぐに瞼を伏せると首を振った。

「いえ……何度もメッセージを送ってはいるんですけど返事はなくて……今日も送ったんですけどやっぱり返事はなかったんです。もう十五年……も会ってないんだもの。あの子が私を母と思えないことも、連絡を取り合うことに前向きでないことも分かっているんですけどね」

(え?十五年……娘と会ってない?)

その年月になんだか他人事ではない気がして、私は右耳を女性と紺の会話へと集中させる。

「そうですか……娘さんにせめて離れなければならなかった理由をお伝えできたらいいんですけどね」

「そうですね……先日もお話しましたけど……私の実家の工場が経営破綻して……連帯保証人になっていた私のせいで主人と娘にどうしても迷惑をかけたくなくて泣く泣く離婚したんです……三年前無事に借金も返済したときに主人が亡くなったと役所から連絡がきて……それまではいくら借金を返済しても、娘を捨てたことには変わりはない私は母親を名乗る資格なんてないと思っていたのに……娘の親権が私に移ったと知ると、急にあの子と話したくて……会いたくなってしまって。本当に自分勝手ですよね……」

「親なんですから当然でしょう……お腹を痛めて産んで心から愛情を注いで育てていた我が子を手放さざる得なかった事情を知れば……きっと娘さんもあなたのことを自分勝手だなんて思いませんよ」

「そういって頂けると救われます……ありがとう」

紺が木製の食器棚から、どんぶり鉢を取り出しながら目じりを下げた。

「あら、どんぶりってことは今日は何かしら」

「さて何でしょう?」

紺が悪戯っぽい笑みを浮かべると、ご飯が炊きあがる音を鳴らした炊飯器の蓋を開け、しゃもじでかき混ぜる。そしてボールに卵を割り淹れた。

「あ……分かったかも」

「どうぞ」

「親子丼ね」

「正解です。親子丼の由来は鶏肉と卵両方を使った料理ということから名づけられたんですけどね。親子丼を食べると親子の絆を深める効果があるらしいので、今日はこれに決めました」

「嬉しいわ……お料理の意味もすてきね……実は今日あの子の誕生日なの。何だか親子丼にもご縁を感じちゃうわ」

(え?)

思わず横を向いた私は女性とぱちりと目が合う。

「あ……」