「どうして?」

「気を悪くされないでください……もし本当に琴さんのことがどうでもいいなら僕だったら連絡なんてしません。だって連絡しても返事が返ってこない相手に連絡し続けるなんて疲れますし、やはり傷つきます。でも自分にとってよっぽど大切な方だとしたら、いくら返事が返ってこなくても連絡し続けるかもしれません。だから……自分の時間と心の労力を使ってでも琴さんに連絡し続けるのは、お母様にとって琴さんがきっと特別な方なのだと思います」

本当は心の片隅でそうだったらいいなと思っていた。私のことを母と呼べる人にいつだって忘れないでいて欲しかったから。でもいくら紺に言われたからといって直ぐには素直に受け取ってかみ砕くことができない。

「紺さん……でも」

意地っ張りな私が紺の言葉に反論しようとした時だった。

背を向けている引き戸がガラリと開いた。


「いらっしゃいませ」

紺の声と共に振り向けば、淡いベージュのワンピースを着た年配の女性が立っていた。

「こちらにどうぞ」

紺が柔らかい笑顔で挨拶をすると私の席から一つとばした席を指し示す。

「あのそちらのお嬢さんにご迷惑では……」

直ぐに戸惑ったような女性の声が聞こえてくる。

「申し訳ありません。ちょっとこのあと予約が入っていて……カウンター席でお願いできますでしょうか。ちなみにこちらのお嬢さんは了承していただいております」

「ちょっと……紺さん……あの」

私は困ったように紺を見上げるが紺は微笑んだまま女性を手招きしている。

(もう……どういうつもりなのよ……)

ここで席をたって帰っても良いが正直お腹がペコペコで限界だ。もう間もなく出てくる料理を食べたらすぐ帰ろうと私は心の中で決めた。女性は私の隣の隣の席に腰かけると、直ぐに頭を下げた。

「失礼しますね」

「あ、はいどうぞ」

女性は大きな黒い瞳を細めるとおしぼりで手の拭きながら紺に注文を口にする。

「あの、いつもと同じのを頼んでもいいでしょうか?」

「えぇ、お任せメニューですね。ちょうど彼女にもお任せメニューを作っていたので直ぐにお出しできますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

私は二人の会話を聞きながら湯飲みに口づけた。紺と女性の会話から女性はこの店が初めてではないということだ。一週間前、紺と話した時はしばらくは客は私だけしか来ないと言っていたが、すでにお客さんがつき始めたのかもしれない。そう思うとなんだか嬉しいような寂しいような変な気分になってくる。

結局私だけを見つめてくれる私だけの居場所なんてどこにもないのかもしれない。

(何考えてんだろ……紺さんだって私だけに構ってるほど暇じゃないし……紺さんのお店が繁盛するのは嬉しいことなのに……)