「良かったら……お話聞きますよ。ただ聞いてあげるだけしか出来ないと思いますが……心に溜まった濁りを吐き出してたまには心を洗濯してあげるのも良いかもしれないですね」

(心の……洗濯……)

紺の言葉は神聖で濁った私の心に何の迷いもなくすっと入ってくる。他人の言葉にこんなに素直に心が傾くなんて今まで生きてきてあっただろうか。

「あ、勿論無理にとは言いませんからね」

「はい……あの……」

こんな聞かされてもどう返事してもいいか分からない暗い身の上話を他人にしようと思ったこともなければ、母に返事する気もさらさらなかったのに、紺に問われると不思議と心の中に溜まりに溜まった重荷をさらけ出してみたくなる。

その感情はどこか境内でご神体を前にお参りをするときの厳かな気持ちに少し似ていて、紺ならばどんな気持ちも言葉も悩みも受け止めてくれるようなそんな気がした。

「実は……五歳から一度も会っていない母……がいて、父が病死してから時折連絡がくるんです。でも正直、十五年以上も会ってなければ育ててもらった記憶すらないのに母と呼ぶことに抵抗があって……会いたいと言われますが、戸籍上の母としか思えない人と顔を突き合わして会うことにどうしても前向きになれなくて……」

「……そうでしたか……琴さんは幼いころからお母様が傍にいらっしゃらなくて寂しかったでしょうね」

私はすぐに首を振った。

「そんなことないです。物心ついたときには父と二人暮らしが当たり前だったから。父が母の分まで愛情たっぷりに育ててくれて……遠足には色とりどりの栄養満点のお弁当も作ってくれましたし……父は料理人だったこともあっていつも私の体を気遣ってくれて……本当に大事に大事に育ててもらったので感謝しかないです。私は父が大好きでした……。父には母との離婚の理由は聞いたことないですけど、父に引き取られたってことは、結局母は私と父を捨てたってことだと思うので……なので母は私の存在なんて本当はどうでもいいんじゃないかなって。ただ私に連絡することで母親面してるというか……私と父を捨てた罪悪感から解放されたいんじゃないかなと思うんです」

紺はしばらく黙っていたが目を伏せると小さく首を振った。

「それは違うと思いますよ」