私はポケットを探るとスマホを引っ張りだしてメッセージを確認する。

──『お誕生日おめでとう。素敵な一年になりますように』

その文字を目で二度なぞると、私はスマホを見つめたまま小さくため息を吐きだした。

メッセージの相手は毎年ちゃん私の誕生日を覚えてくれていて、こうしてメッセージを送ってくれるが、私は一度も返信したことがない。私は返信ボタンに手を掛けたまましばらくスマホをじっと見つめた。

(ん?)

ふとスマホに着けている御守りに目を遣れば表面は『縁結び御守』と刺繍されているが、裏側を見れば『あやかし神社』の文字と共に小さく狐が刺繍されているのを見つけた。私はあの子を思い出して目を細めた。


「それ、あやかし神社の御守りですよね」

背の高い紺の声が頭上から降ってきて私は慌てて顔を上げた。

「あ、はい。先日あやかし神社にお参りに行った際、良縁祈願して御守りも頂いて帰ってきたんです。この御守りのお陰もあるかもしれません。今日の仕事の嬉しい出来事も……紺さんと紺さんのお料理との出会いも、凄くご縁を感じてしまって」

紺は少しだけ目を見開くと掌を差し出した。

「え?紺さん?」

「よく見せて頂けますか?」

「あ、はい……」

私はお守りをスマホごとそっと紺の掌に乗せた。紺は御守りの表と裏をじっくりと眺めてから両手に包み込んだ。

「紺さん?」

そのまま紺は目を瞑るとじっと念を込めるように御守りを包み込んでいた。紺の呼吸とお鍋のフツフツという音しか聞こえない店内は静かでそれでいてひどく心地いい。

紺の周りはいつも空気が澄んでいて、こうやって傍にいるだけで呼吸がしやすく、ほっとするのは何故なんだろう。

紺は静かに瞼を上げるとにこりと笑った。

「もっと琴さんに良いご縁を引き寄せるよう念を込めさせて頂きました」

「あ、えっと……ありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」

返してもらったお守りは温もりがあり、触れた瞬間心臓の真ん中があったかくなるような不思議な感覚がした。そしてポケットにスマホを仕舞おうとすればまたスマホが震えた。

──『今仕事で東京に出てきてるの。会いたい』