「寒いっ……」
もう五月の終わりだというのに夜は冷える。
私はうっかりぶら下げたままになっていた『スマイルキッチン株式会社 営業 如月琴』と印字されたネームホルダーを鞄に押し込んだ。そしてパンツスーツの上から羽織っているベージュのトレンチコートのボタンを一番上まで留めなおした。
「はぁ……疲れたな……やっと金曜日」
今日も朝から夕方まで得意先を営業で回り、一日の終わりは脚がだるくて重い。
「そろそろいい加減、靴買わなきゃな。でもまた出費が……」
私はかなりすり減っているパンプスの踵を見ながら憂鬱な気持ちになった。
憧れていたシステムキッチンメーカーに就職して三年目。石の上にも三年というが三年たって一人前かと問われたらまったくもって自信がない上に、この仕事が果たして自分に向いているのかさえ分からなくなってきた三年目だ。がむしゃらに日々、踵も心もすり減らすことに正直限界を感じている。
(あ……)
私は目の前からやって来る二つの人影を一瞬みて直ぐに視線を逸らした。学生カップルがはしゃぎながら私のの横を通り過ぎていく。
(大学生か……いいな……)
私は訳あって大学進学をあきらめて高校卒業と同時に今の会社に就職した。希望の職種に希望の会社で働けていることに満足はしているが、大学に行きたくなかった訳ではない私は大学生を見ると変に劣等感を感じてしまう。
「ふう、やめよやめよ。考えても仕方ない事じゃない……大学には縁がなかったのよ……」
私はポケットの中から手帳型のカバーを付けているスマホを手繰り寄せると掌に載せた。スマホは手帳型のカバーについているストラップの部分に『縁結び御守』と金糸で刺繍されたピンク色のお守りがぶら下がっている。先日自宅の近所にある『あやかし神社』で手の入れたものだ。
「仕事も恋もご縁があればと思って買ったけど……所詮は神頼み、気休めなのかな……今日も散々だったしな」
私は誰にも気づかれないようにため息を吐きだすと、少し俯きながら自宅へ向かってぶらぶらと歩いていく。
「あーあ。何もかも上手くいかないな……」
日々お客様のニーズに合わせてプレゼンシートと見積書を作成し商品カタログ片手に、朝から晩まで得意先へ営業に回る。無事に契約が決まり、お客様にキッチンを納品してお客様の笑顔を目の前で見れることにやりがいを感じてはいるが、はっきり言って仕事を楽しいとは感じられない。
「もう……辞めちゃおうかな……」
いや仕事自体は楽しいが結果が伴わないことが原因だろう。今月の営業成績も振るわず、先ほどまで聞かされていた直属の上司の課長のガミガミ声とお小言が脳内再生されそうになって慌てて首を振った。
「って辞めてどうするのよ……ひとりぼっちのくせに……はぁ、せめて恋人でもいればな」
社会人になり遠距離になった途端に、高校三年間つきあった恋人とは破局した。仕事が上手くいかなくてもその悩みを聞いて傍にいてくれる人いたならば、営業成績が振るわなくとも、もう少し仕事にも張り合いが出るのかもしれないがそんな出会いは既婚者の多い今の職場では絶望的だ。
田舎から上京してきた私には金曜の夜だからと気軽に誘える友達もいない。それに仲の良い友達は全員、花の大学生活を満喫中だ。高校の時は朝まで恋の話で盛り上がることもよくあったが、卒業して一人だけ社会人になった私が、仕事の相談をしたところで分かってもらえるわけもなく、いまこんな状況で他人の恋愛話なんてモノをもちかけられても真剣に耳を傾ける程の心の余裕なんてまるでない。
「……寂しいなぁ……」
もう五月の終わりだというのに夜は冷える。
私はうっかりぶら下げたままになっていた『スマイルキッチン株式会社 営業 如月琴』と印字されたネームホルダーを鞄に押し込んだ。そしてパンツスーツの上から羽織っているベージュのトレンチコートのボタンを一番上まで留めなおした。
「はぁ……疲れたな……やっと金曜日」
今日も朝から夕方まで得意先を営業で回り、一日の終わりは脚がだるくて重い。
「そろそろいい加減、靴買わなきゃな。でもまた出費が……」
私はかなりすり減っているパンプスの踵を見ながら憂鬱な気持ちになった。
憧れていたシステムキッチンメーカーに就職して三年目。石の上にも三年というが三年たって一人前かと問われたらまったくもって自信がない上に、この仕事が果たして自分に向いているのかさえ分からなくなってきた三年目だ。がむしゃらに日々、踵も心もすり減らすことに正直限界を感じている。
(あ……)
私は目の前からやって来る二つの人影を一瞬みて直ぐに視線を逸らした。学生カップルがはしゃぎながら私のの横を通り過ぎていく。
(大学生か……いいな……)
私は訳あって大学進学をあきらめて高校卒業と同時に今の会社に就職した。希望の職種に希望の会社で働けていることに満足はしているが、大学に行きたくなかった訳ではない私は大学生を見ると変に劣等感を感じてしまう。
「ふう、やめよやめよ。考えても仕方ない事じゃない……大学には縁がなかったのよ……」
私はポケットの中から手帳型のカバーを付けているスマホを手繰り寄せると掌に載せた。スマホは手帳型のカバーについているストラップの部分に『縁結び御守』と金糸で刺繍されたピンク色のお守りがぶら下がっている。先日自宅の近所にある『あやかし神社』で手の入れたものだ。
「仕事も恋もご縁があればと思って買ったけど……所詮は神頼み、気休めなのかな……今日も散々だったしな」
私は誰にも気づかれないようにため息を吐きだすと、少し俯きながら自宅へ向かってぶらぶらと歩いていく。
「あーあ。何もかも上手くいかないな……」
日々お客様のニーズに合わせてプレゼンシートと見積書を作成し商品カタログ片手に、朝から晩まで得意先へ営業に回る。無事に契約が決まり、お客様にキッチンを納品してお客様の笑顔を目の前で見れることにやりがいを感じてはいるが、はっきり言って仕事を楽しいとは感じられない。
「もう……辞めちゃおうかな……」
いや仕事自体は楽しいが結果が伴わないことが原因だろう。今月の営業成績も振るわず、先ほどまで聞かされていた直属の上司の課長のガミガミ声とお小言が脳内再生されそうになって慌てて首を振った。
「って辞めてどうするのよ……ひとりぼっちのくせに……はぁ、せめて恋人でもいればな」
社会人になり遠距離になった途端に、高校三年間つきあった恋人とは破局した。仕事が上手くいかなくてもその悩みを聞いて傍にいてくれる人いたならば、営業成績が振るわなくとも、もう少し仕事にも張り合いが出るのかもしれないがそんな出会いは既婚者の多い今の職場では絶望的だ。
田舎から上京してきた私には金曜の夜だからと気軽に誘える友達もいない。それに仲の良い友達は全員、花の大学生活を満喫中だ。高校の時は朝まで恋の話で盛り上がることもよくあったが、卒業して一人だけ社会人になった私が、仕事の相談をしたところで分かってもらえるわけもなく、いまこんな状況で他人の恋愛話なんてモノをもちかけられても真剣に耳を傾ける程の心の余裕なんてまるでない。
「……寂しいなぁ……」