「今日は母とヨルト、夢香が来店するから」
 アサトがまひるに確認する。

「お母さんに会うのは久しぶりなんでしょ。夢香と会うのは気まずくないの?」
「今日はまひると付き合うことをみんなに発表するからね」
「なにそれ? 付き合ってないし」
 まひるが動揺する。

「だって、僕が好きになった女性だからみんなに紹介したいんだ」
「好きになったから紹介って意味が分からないし」
「まひるには相手がいないし、僕たちは幸い血がつながらない兄妹だしね。僕のこと嫌い?」
「大っ嫌い」
 天邪鬼なまひるの恋愛慣れしていない様子にアサトはかわいいと感じていた。
「まひるに好きな人がいないならば、付き合う予定の彼氏ってことで紹介するから」
「なにそれ!!」

 二人が楽しそうに久々の対面のために料理を作る。それには愛情がたっぷりはいっている。見えないけれど、人の思いというものが人が作る食べ物にはあふれている。

「ヨルトと夢香、付き合っているみたいじゃない。兄として悔しくないの?」
「ヨルトは見る目があるよ。人には相性があるからね、僕の場合はまひるのほうがあっていると思うんだよね、もうあれだけ泣いたからふんぎりがついたよ」
「なにそれ」

 相変わらずの塩対応のまひるだったが、彼女の表情にはうれしそうな笑みが溢れている。人は顔に出さないというのは難しいのだ。好きでもない人に好きだという顔をするのはプロの詐欺師でもなければ無理だろう。

「アサトに会うの、気まずいかも」
 ヨルトが難しい表情をする。だって、兄の恋人を結果的に奪うということになってしまったのだから。

「でも、アサトさんにはまひるがいるでしょ」
「え? 何? 2人ってそういう関係?」
 能力があるわりにはそう言ったことを見ようともしないヨルトは鈍感力があるようだ。

「私ね、お店を手伝っていた時に感じていたの。まひるとアサトさんって壁がないんだよね。だから、この二人はウマが合うのだろうって思ったの。私とアサトさんには壁があったから。アサトさんは完璧な姿しか見せないし敬語のままだったし」
「そういや、まひるの前だと敬語じゃないのか。アサトにしては珍しいな」

 ヨルトのお母さんが走ってくる。
「ごめーん、久々に長男に会うのにメイクばっちり決めてきたから時間かかっちゃった」

 ヨルトのお母さんはとても美しくて同年代の女性よりもずっと若くてやっぱり美しい息子の母親だと思えた。仕事もばりばりこなす女性は憧れでもあり、気さくな性格は私たちを笑顔にする。家族の食事会を定期的に開きたいとお母さんが提案していたので、これが記念すべき1回目になるのだろう。

「母さん、夢香。俺の肩につかまれ。この石を持っている人間につかまればあの異空間にあるレストランに行くことができるからな」
 別れるときに夢香はアサトさんに赤い石を返した。もうお店を手伝うこともない夢香には必要がないのだから。ヨルトの耳には青い宝石が光り、胸元には王家の青い石が光っていた。

 カランカランという少し懐かしい鈴の音と共に私たち3人は店に入る。おいしそうな香りが店内に広がる。久しぶりの幻のレストラン。懐かしいが、別れた元彼氏と会うのは少し緊張していた。アサトさんはいつもどおりのキラキラオーラをまとい、出迎えてくれた。さらさらな柔らかい猫っ毛の茶髪も相変わらずだ。アサトさんの髪の毛は若干くせ毛な茶色。ヨルトは金色のストレート。髪質も色も兄弟でも違う。アサトさんは何事もなかったかのような相変わらず変わらない、スキのない満面の笑顔で迎えてくれた。まさに王子様だ。

「いらっしゃいませ」
「アサト、久しぶり」
 お母さんの顔がほころぶ。
「母さん、久しぶりだね。父も今度ヨルトと母さんと夢香も誘って宮殿に会いに来いって言っていたよ。時々、幻のレストランにも食事しにきてよ、大歓迎だから」
「はじめまして、次期昼の王となる、まひると申します」
 まひるは18歳の姿でとても礼儀正しくアサトの母にお辞儀をした。

「まひるは僕の彼女だから、みんな大事にしてね」
 アサトさんが爆弾発表をした。

「ちょっとまってよ、なんでここで発表?」
 まひるが普段のクールな姿とは真逆に赤面しながら驚いた顔をした。

「僕が夢香にフラれて、落ち込んでいた時にまひるが力になってくれたんだ。今の僕があるのはまひるのおかげなんだ。僕じゃダメかな?」

「……まぁどうしてもっていうならば、付き合ってやってもいいけど……」
「アサトをよろしくね、まひるちゃん。この子母性に飢えているから、いっぱいかわいがってあげてね」
 お母さん公認の仲になった二人は、照れながらも見つめあう。
 
 ヨルトがアサトに事実を公表する。
「俺も、夢香と付き合ってるんだ。いずれ一緒にアンティーク古書堂カフェをもっと大きくして二人で経営していきたいって思ってる。そのために高校を卒業して大学で勉強して夢を実現する」

「ヨルト、おめでとう」
 アサトが称賛した。アサトがかつての恋の戦友の成功を素直に喜べるまでの道のりはまひるにしか知らないことだったが、アサトの挫折はきっとこれからの彼の人生を彩る糧となるだろう、そう思っていた。

「今日はみんなの思いをたくさん詰めたいと思ってサンドウィッチを作ってみたよ。パンにたくさんの食材を挟むだけなんだけれど、相乗効果でうまみが増すのがサンドウィッチの醍醐味なんだよね。あとは、サイドにスティックサラダやポテトをそろえてみたよ。たくさんの物語が詰まっているサンドウィッチは色々な種類があるから食べ比べてみて。惣菜系からスイーツ系の甘いものもあるからね」

 テーブルに並べられたパーティー料理が光って見える。レタスやトマトを挟んだもの、たまごとマヨネーズをまぜたもの、生クリームにフルーツをはさんだもの、たくさんの種類のサンドウィッチがほほ笑んでいた。
「レタスがシャキシャキしてる。シャキシャキしたレタスって難しいですよね」
「これね、一工夫しているんだ。50度のお湯に数分つけると、レタスが蘇るんだよ」
「さすが、アサトさん」
 アサトさんと普通に会話できたことがとてもうれしかった。良好な関係を築くことは無理かもしれないと思っていたが、アサトさんは大人だった。

「飲み物は、ホットコーヒーにする? ヨルトと母さんはブラックかな。夢香はミルク入りだよね」
 アサトさんが気を利かせてコーヒーの確認をする。まひるがコーヒー豆を挽いておいしい香りのコーヒーを淹れてくれた。店内にコーヒーの香りが漂う。

「これは、特別仕入れた豆だから絶対美味しいよ」
「おいしい」
 お母さんが淹れたての熱々のコーヒーの感想を述べる。きっと舌の肥えた人だからこの人をうならせる味は上質なのだろう。久々に会えた息子を目の前にしているからそう感じているのかもしれないが。味というのは食べた相手や場所によってもおいしさが倍増するものだ。

 アサトさんは以前よりも何かが吹っ切れて自分らしく楽しく生きているような気がした。記憶を集めるということに執着していない彼は心から料理すること、食べることを楽しんでいるように思える。作るときに隣にいる人と楽しい時間を過ごしているからなのかもしれない。そして、みんなと食べるという行為がその場に笑顔をもたらすということを感じる。人と人とがつながる、それは血縁かもしれないし、友情かもしれないし愛情かもしれない。どういった形でも、そこにおいしい食べ物があるということは場を和まし癒しとやすらぎを与えてくれるのだろう。おいしさのカタチは気持ちによって感じ方が変わるようにも思う。

 いただきますからごちそうさままでの時間は幸せな時の流れを作り出す。そんな時間が大好きだ。


 幻のレストランがあなたの前に現れたら、そのときは、虹色ドリンクは慎重に飲むかどうかを決めてください。ねがいをかなえるときは代償の大きさをよく考えることをお勧めします。


 ※【サンドウィッチ】
 食パン、レタス、たまご、トマト、バター、マヨネーズ、生クリーム、フルーツ。
 どんな食材でもお好みで。作り方に決まりはないのだから。