次期国王の一角になる王を教育するべく、アサト教官の鬼の訓練がはじまった。それは、失恋でボロボロになっていたときと比べると一皮むけたような感じだ。少し何かがふっきれたような明るさがアサトにはあった。決して空元気ではなく、アサトらしい笑顔がそこにはあった。作り笑いではない本当の笑顔がある。最近、アサトは後継者育成教育に目覚めたようだった。国のために記憶を集めるのではなく将来国を担う若い力を育てることが国のためになる、そういった話を最近よくするようになった。

 王の一角になるには学ぶことがたくさんある。まずは国の歴史、教養、礼儀作法、言葉やマナーから時の力を使う拳銃や剣の使い方。心と知性と体を作ることがまずは先決なのだ。ヨルトならば学ばなくとも身についているマナーや教養だったりするが、ゼロから育てることの面白さがあったりする。

 ライチとザクロはそう言った意味では白紙から始まるプロジェクトだ。年齢もまだ小学生程度だし、ライチはほとんど学校に通ったこともなく知識が乏しい。ザクロは我流の独学で知識はあるが、自分に興味のあることばかり深く知っているという感じで、一般教養を幅広く学ぶ必要性があった。2人とも従順に何でも吸収する力があるので、メインで教えているアサトは生き生きしていた。もちろんその道のエキスパートに任せる分野も多々あるけれど、それを総合的にプロデュースする仕事はアサトだった。彼は以前より生き生きしている。まひるは、そんなアサトを見ることが少し楽しくなっていた。

「まひる、わしは18歳だろうと10歳だと娘だと思ってかわいがっているからな」
 国王が10歳の姿のまひるに向かって意外な言葉を放った。

「知っていたのですか?」
「もちろん、今の妻が生活が厳しく、わしと結婚したことも全部わかっていたよ。でも、わしも再婚する必要があった。だから、結果往来じゃ」
「母に悪気はないのです。罰するならば私を罰してください」
「娘がほしかったのでな、何人も娘がいるみたいで変身できる娘はありがたいのじゃ」
「罰するというわけではないが、これからもアサトを支えてほしい。あの子は昔から我慢していい子を通してきた。だから、欲しいものを欲しいといえないかわいそうな子供だった。人一倍打たれ弱いのがアサトなのじゃ。ようやく記憶に変わるエネルギーを作り出す機械を実用化できそうなんだ。今まで記憶の力に執着していたアサトも解放されるだろう」

「もちろん、妹……姉として支えるつもりです」
「義理の姉なのだから、恋愛は自由じゃぞ」

「な、なにをおっしゃるのですか?」
「この国に義理の姉弟が結婚してはいけないなんていう決まりはないからの」
「……私は別にそんなつもりは1ミリもありません」

 ついムキになって返答してしまった。まひるはバカみたいだと思う。

「まひる、ライチにここの問題教えてやってくれないか」

「了解」
 即席先生になる。まひるは密かに人知れず勉強をしていた。18歳程度の知識はつけておかないとと思っていたからだ。

「やっぱりまひるは人一倍努力家だ。子供のふりをしながら陰で勉強していたのだから」

 アサトはさりげなく思ったことを口にする。それは優しい時間を運んでいるように思う。時間は使い方次第で優しくも恐怖にも楽しくもつらくも変わる。それは過ごし方や考え方次第で同じ時間なのに全く違う時を過ごすことになる。

「まひる、僕は国営のレストランを展開するよ」
 アサトがはじめて自分の夢を語った。

「国営のレストラン?」
「貧しい子供や国民に開かれたレストランを低価格で何店舗か展開したいと思っているよ。レストランから経済を活性化させたい。雇用も国民の就職につながるし、食は生きる源だからね。記憶の力にだけ頼らずに多方面から国を建て直したいよ」
 アサトの瞳は希望にみちあふれていた。

「アサトにぴったりね」
「まひるは何かやりたいことはないのか?」

 誰にも話したことのない夢をはじめて口にする。

「そうね、もう少しここの国の食材でおいしい味が表現できないのか料理を研究したいな」
「たしかに、ここの味は日本に比べたらおいしいとは言えないからね」
「この国が少しでも良くなるように、僕たちが何かできるかもしれない。だから学ぶことは常に必要なのだよ」
「おいしい料理が食べたいという欲求が、結果みんなのためになるのかもしれないわね」

 二人の共通の夢が重なり合った瞬間だった。それは、心が通じ合うということとも共通していた。

 きっとアサトと家族としてずっと一緒に暮らしていくのだろう。その形が恋愛になったとしても家族愛になったとしても。そして、18歳の姿で過ごすことが増えた今日この頃。本当の姿でいることは楽であると同時に子供騙しはきかなくなっている。大人として扱われるからだ。

「みんな、おいしい手巻きずしつくったわよ」
「手巻きずし!! お腹が空いていたのでうれしいです。いただきます」
 ザクロが丁寧に笑いながらおにぎりをつかみ、頬張る。
「うまそう!! いただきます」
 ライチが女の子にもかかわらず、獰猛な動物のようにかじりつく。肉食動物みたいだ。

「先ほどテーブルマナーを学んだばかりですよ」
 アサトが注意する。

「でも、うまいものを目の前にすると、ついかじりついちゃうんだよ」
 言い訳気味なライチ。

「ライチ、ザクロ。これからは衣食住全て国で用意するので、家族のことも含め心配いりません。そのかわり、学び吸収して実行することがあなた方に求められるのです」
 アサトが二人を安心させつつ自覚を求める発言をする。

「はーい、わかりました。オイラ、じゃなくって私、この国の時をつかさどる一人となるために努力します。みんなが幸せになれる国を作ること、それが私の夢であります」

 ライチが選手宣誓のように右手を上げながら宣言する。この国で生まれての国で育った少女だからこその愛国心もあるだろう。この国の良い点も悪い点も知り尽くしている子供だからこそ、苦労を知っている庶民の子供だからこそきっとこの国のために能力を使うのだろう。

「僕も、この国のためによりよい国を作るべく毎日精進いたします」
 アサトに宣誓を毎日言わされているかのようなサクサクとした選手宣誓は滑稽でもあり、純真な彼らの心を映しているようで心が熱くなる。

「ライチ、能力を使ったほうが楽なことでも敢えて使ってはいけませんよ。ザクロ、普通の人として生活することを忘れないでください」

「なんだか、2人は僕たちのお母さんとお父さんみたいだよね」
 ライチが屈託のない笑顔でつっこむ。

「ちょっと、私たちは夫婦じゃないのよ。先生とおよびなさい」
 すかさず彼らを諭す。夫婦とか父母とかくすぐったい言葉にテレが隠れていたというのもある。

「僕はまひるみたいな妻がいたほうが実際心強いですけどね」
 アサトが無邪気な顔をして平気でそんなことを言う。そういった対象で見ていないから言えるのだろうけれど。

「私はごめんよ。あなたみたいな男は」
「ふられてるぞ、アサト」
「このおねえさんはああみえて、捨て犬を放っておけないような優しい人だからね」
 まひるは彼に本心を見抜かれていることが複雑な気持ちになっていたが、確実に距離は縮まっていると実感していた。

「簡単手巻きずしはたくさんのものが詰め込まれているでしょ。これ、ラップとのりとごはんと具材があれば簡単にできるのよ。詰め込んでも色々な味が混じっておいしいの。不思議でしょ」

「僕たちの思いは巻きずしみたいにたくさんの思いを詰め込んでいる、でもすごくそれが合わさることでおいしい、そういった相乗効果がありますよね」

「僕は手巻きずしみたいな人生を送ってみたいです。食事は生きるためのエネルギーになり、命を形成します。全ての食べ物に感謝を込めて、ごちそうさまでした」
 ザクロが名言を言う。初めて聞く手巻きずしみたいな人生という言葉。手を合わせて、礼儀をわきまえた立派な少年だ。

「オイラ、じゃなくて、私は手巻きずしを気兼ねなく食べられる人生、みんなに手巻きずしを分けることができる人生を送りたいです。おいしくいただきました。ごちそうさま」
ライチも笑顔で感謝する。

 アサトの教育が効果てきめんだったのか、二人は即席の作文みたいなことを話すようになった。

「手巻きずしみたいにお互いの味を尊重しながら結果素晴らしくおいしい味を作り出す、それを目指してみましょう」
「はーい」
 青空教室のような二人だけの教室はさわやかな未来の国造りの一歩を踏み出す。

「まひる、ほんとうに天才的だな。料理の腕。嫁にもらいたいくらいだ」
「シェフ雇ってるでしょ」

 タメ口になったアサトと表情を表に出すのが苦手なまひるは、今日もおいしいものを一緒に食べる目標ができた。国営のレストランを作り、おいしい料理を研究し作っていくということだ。食からこの国を立て直す。従業員は国民を雇えば、国の経済効果にもつながるだろう。



 ※【手巻き寿司】
 ごはん、のり、たまご、ほうれん草、かんぴょう、さくらでんぶ。彩華やか。お好きな具材でラップに大きなのりを敷いて、ごはんを乗せる。