「僕の後継者も含めて王候補を2人探さないとね。今日はまた新たな候補者を一人呼んでいます」
「どんな人が来るの? また一癖あるキャラクターの濃いタイプだったりして」
恐る恐る聞いてみた。昨日は夜の王の候補者選びに失敗している。
「今日は女子高校生。後継者候補は多いほうがいいから、今後も人柄を見ながら探して行くつもりだよ」
静かなカフェに少し緊張がほとばしる。今日は特別なお客様なのだから。
「ちょうど色々思い悩んでいるみたいだし」
アサトさんが冷めた目で窓の外を見つめる。
「ったく、ちゃんと見極めてよね、昨日の男みたいなロックバカは勘弁だわ」
まひるが子供の姿でため息を漏らす。
カランカラン。心地いいベルの音が鳴る。アサトさんが選んだ候補者が来たのだ。
「こんにちは、お店やってるか?」
入ってきたのはショートカットのボーイッシュガール。服装も男性が着てもおかしくないシンプルなTシャツにジーンズといういでたちだった。なんとなく運動部に入っていそうな感じの女子だ。
「いらっしゃいませ、何にしますか?」
私が声をかける。私たちはじっとそのボーイッシュガールを見つめる。
私は、緊張しながらメニュー表を差し出す。すると、ひとつの文字が浮かび上がり、それが食べたくなるというアサトさんの技があるのだ。
「うーん、じゃあ目に入ってきた桃太郎のジェラートってやつをもらうよ、本当に100円かい?」
「はい、すべて100円です。部活の帰りですか?」
「わかる? ボクさ、バスケやってるんだけど、喉が渇いて疲れたなぁと思った帰り道に偶然いつも通らない道を通ってここをみつけたんだよね。100円だなんてラッキーだな」
「ボク?」
つい私は聞き返してしまった。女の子なのに僕なのかな?
「ボクのくせなんだよね。つい私って言わないでボクって言っちゃうんだ」
人懐っこい雰囲気で優しい笑い方は好印象な人だと感じた。
アサトさんの物語ネタがはじまる。
「桃太郎って知ってますよね。鬼ヶ島で鬼を退治するのに仲間を募って退治に行きますが、僕たちも今、仲間を探しています。桃太郎って退治したあとどうなったのでしょうね?」
「めでたしめでたしだろ?」
「でも、その先の日常は読者は知らないですよね。桃太郎が本当に幸せだったのか、そうじゃないのか?」
「言われてみればそうだな」
「物語には終わりがありますが、我々の日常って生きている限り終わりって基本ないですよね」
「あんた正論いうな」
ボクっ子がつっこむ。
「犬やキジやサルとずっと仲良く助け合っていてほしい、そんな願いを込めた桃太郎ジェラートです」
そう言うと、アサトさんは、まひるがササっと作った桃のジェラートを出す。
桃の果実100%で作ったジェラートは甘いけれどさっぱりしていて、舌触りはなめらかで最高だ。というのも実は味見をさせてもらった。あまりにも輝きが宝石級でつい食べたくなってしまったから。
「まじか、うまそうだな、ええ? きなこがかけてある? いただきますっ」
「これはキビ団子のキビをかけています、ここのレストランは物語から発想を得てメニューを作っているのです」
育ち盛りという感じの女子と男子の間にいるような女子が大きな口をあけて頬張る。
「う、うますぎる!!!! これ、罪だな」
その様子を見ながらアサトさんが質問する。
「あなたは何か悩みがあるのですか?」
「え? そんな風に見えるか?」
「いえ、なんとなくですが、誰しも悩みはつきものなので」
「まぁ、大学をバスケの推薦で行くか、バスケを続けていくべきか、すっぱり辞めるかっていうことで悩んでいるんだけどね。けがの後遺症もあるし、体をケアしながらなんだけどさ。悪化したらバスケを辞めざるをえなくなるしな。でも、好きなことは続けたいっていう悩みがあるってことだよ」
「もしも、あなたがバスケで後遺症がなければ――の世界があれば見てみたくないですか?」
「ケガをしなかったらという世界に連れて行ってくれるのか?」
「そうです。ねがいをかなえることも可能ですよ」
「入り口のところに書いてあったドリンクだろ」
「ええ、無料ですが代償は記憶の一部です」
「やっぱり昨晩の夢で見たとおりの展開だな」
女子高生がにやりと微笑みながらみつめてくる。予知夢だろうか?
「ボクはいつも予知夢を見る。子供の頃からだが、昨日はここにきてあんたらに記憶を取られる夢を見たんだ、過去には戻らないよ。記憶はなくしたくないしな」
「いらない記憶で結構ですよ、ねがいはケガの後遺症をなくすでもいいですし」
「バスケをはじめるきっかけの記憶を奪われるっていう展開だろ?」
「あなた、本物の能力者ですね」
アサトさんが驚いた顔をした。
「僕にもあなたの予知夢のことは読めませんでした。あなたは知っていてここに来たのですか?」
「気になったんだよ。それに、とても重要な事項を伝えたいという夢だったしな」
度胸のある女子高生だ。しかし、アサトさんは自国のためならば人の夢のきっかけになる記憶すらも奪う。夢を奪ってこちらの世界に未練を残さないようにするためだろう。確信犯みたいなところがヨルトとは違うのかもしれない。でも、アサトさんはいつも真面目に一生懸命仕事をこなす。方向さえ間違えなければ良い人なのだと思う。根本的に良い人なのだけれど、一瞬冷徹な瞳を介間見せる理由は何だろう? 少しだけ違和感がある。
「実はここは時の国と日本との間に位置しているカフェなのです」
「だから時間の流れがゆっくりなのか」
「よく感じましたね。その通りです」
「元々不思議な能力は幼少のころからあったから、今更驚かないよ。異世界が存在していることもずっと感じていたからな」
はじめてここへきて、ここまで驚くことなく冷静に理解する人間はなかなかいないだろう。この女性のことを心強い味方だと感じていた。
「実は、時の国では国王の下で3つの王が仕事をしています。国王、朝、昼、夜の王です。しかし、夜の王の候補者は後を継ぐ気がないので、他に能力ある人材を探しています。朝の王は僕なのですが、僕はいずれは国王になるので、朝の王が空席になります。そこで人材を求めているのです」
「ボクは面倒なことは断るよ、日本の人間だからね。時の国で能力者を探したほうが絶対にいいに決まってる」
「しかし、時の国には能力者が不足しているので。あくまで候補者を探しているだけなので、複数人と接触中です」
「記憶を奪うとか、そういったことはボクはやりたくないしね。日本で生きたいから」
「そうですか、一応気が変わったら夢の中で僕を呼んでください。いつでも待っていますよ。ケガだって完治できますよ」
「過去に戻らず記憶を渡さず、ねがいだけかなえるっていうのは無理か?」
「時空移動とねがいはセットになっているので、どちらかだけというのはないのです。代償なしという契約もできません」
「まぁ、人生そんなに甘くないよな。ごちそうさま。めちゃくちゃうまかったぞ」
能力の高い女子高校生は100円を置いて、何の未練もなく帰宅してしまった。あどけない笑顔と共に。
「彼女は能力は高そうだけれど、ちょっと難しいわね」
まひるが冷めた瞳でため息をつく。
「なかなか異世界に行きたい人なんていないですからね」
アサトさんが少し難しい顔をして悩んでいる。
「さっきの桃太郎ジェラートでも食べて今日は店を閉めましょう、まひる、作ってください」
「ったく、人使いが荒いわね。記憶をもらうって難しいものよ。アサト、候補者選びは少し作戦考えないと。やみくもにあたるのは良くないわ」
まひるが文句を言いながら作り始めた。
桃のジェラートはやはり食べた事の無いような甘いのにさっぱりした味わいで、本当にほっぺが落ちてしまいそうだった。アサトさんとは結局ここで会うだけだ。恋人らしさはゼロ。デートをしたり連絡したりということはなにもなかったりする。これって付き合っているって言えるのだろうか? 以前と特に何も変わらない距離が少しさびしい。
あれ以来ヨルトの店に行くのは遠慮している。彼女に悪いというのが第一の理由だが、ヨルトはたまにアサトさんの様子やまひるの様子をメッセージで聞いてくる。そんな時は、最初は連絡事項を返事しているだけなのだが、いつのまにかどうでもいい雑談メッセージになったりする。その時間は笑いもあるし、とても近い関係に錯覚してしまう。ヨルトは無駄な時間を楽しもうという気持ちがある。どうでもいい時間を作らないアサトさんとは対照的だ。アサトさんは仕事第一の関白亭主というやつなのかもしれない。
「どんな人が来るの? また一癖あるキャラクターの濃いタイプだったりして」
恐る恐る聞いてみた。昨日は夜の王の候補者選びに失敗している。
「今日は女子高校生。後継者候補は多いほうがいいから、今後も人柄を見ながら探して行くつもりだよ」
静かなカフェに少し緊張がほとばしる。今日は特別なお客様なのだから。
「ちょうど色々思い悩んでいるみたいだし」
アサトさんが冷めた目で窓の外を見つめる。
「ったく、ちゃんと見極めてよね、昨日の男みたいなロックバカは勘弁だわ」
まひるが子供の姿でため息を漏らす。
カランカラン。心地いいベルの音が鳴る。アサトさんが選んだ候補者が来たのだ。
「こんにちは、お店やってるか?」
入ってきたのはショートカットのボーイッシュガール。服装も男性が着てもおかしくないシンプルなTシャツにジーンズといういでたちだった。なんとなく運動部に入っていそうな感じの女子だ。
「いらっしゃいませ、何にしますか?」
私が声をかける。私たちはじっとそのボーイッシュガールを見つめる。
私は、緊張しながらメニュー表を差し出す。すると、ひとつの文字が浮かび上がり、それが食べたくなるというアサトさんの技があるのだ。
「うーん、じゃあ目に入ってきた桃太郎のジェラートってやつをもらうよ、本当に100円かい?」
「はい、すべて100円です。部活の帰りですか?」
「わかる? ボクさ、バスケやってるんだけど、喉が渇いて疲れたなぁと思った帰り道に偶然いつも通らない道を通ってここをみつけたんだよね。100円だなんてラッキーだな」
「ボク?」
つい私は聞き返してしまった。女の子なのに僕なのかな?
「ボクのくせなんだよね。つい私って言わないでボクって言っちゃうんだ」
人懐っこい雰囲気で優しい笑い方は好印象な人だと感じた。
アサトさんの物語ネタがはじまる。
「桃太郎って知ってますよね。鬼ヶ島で鬼を退治するのに仲間を募って退治に行きますが、僕たちも今、仲間を探しています。桃太郎って退治したあとどうなったのでしょうね?」
「めでたしめでたしだろ?」
「でも、その先の日常は読者は知らないですよね。桃太郎が本当に幸せだったのか、そうじゃないのか?」
「言われてみればそうだな」
「物語には終わりがありますが、我々の日常って生きている限り終わりって基本ないですよね」
「あんた正論いうな」
ボクっ子がつっこむ。
「犬やキジやサルとずっと仲良く助け合っていてほしい、そんな願いを込めた桃太郎ジェラートです」
そう言うと、アサトさんは、まひるがササっと作った桃のジェラートを出す。
桃の果実100%で作ったジェラートは甘いけれどさっぱりしていて、舌触りはなめらかで最高だ。というのも実は味見をさせてもらった。あまりにも輝きが宝石級でつい食べたくなってしまったから。
「まじか、うまそうだな、ええ? きなこがかけてある? いただきますっ」
「これはキビ団子のキビをかけています、ここのレストランは物語から発想を得てメニューを作っているのです」
育ち盛りという感じの女子と男子の間にいるような女子が大きな口をあけて頬張る。
「う、うますぎる!!!! これ、罪だな」
その様子を見ながらアサトさんが質問する。
「あなたは何か悩みがあるのですか?」
「え? そんな風に見えるか?」
「いえ、なんとなくですが、誰しも悩みはつきものなので」
「まぁ、大学をバスケの推薦で行くか、バスケを続けていくべきか、すっぱり辞めるかっていうことで悩んでいるんだけどね。けがの後遺症もあるし、体をケアしながらなんだけどさ。悪化したらバスケを辞めざるをえなくなるしな。でも、好きなことは続けたいっていう悩みがあるってことだよ」
「もしも、あなたがバスケで後遺症がなければ――の世界があれば見てみたくないですか?」
「ケガをしなかったらという世界に連れて行ってくれるのか?」
「そうです。ねがいをかなえることも可能ですよ」
「入り口のところに書いてあったドリンクだろ」
「ええ、無料ですが代償は記憶の一部です」
「やっぱり昨晩の夢で見たとおりの展開だな」
女子高生がにやりと微笑みながらみつめてくる。予知夢だろうか?
「ボクはいつも予知夢を見る。子供の頃からだが、昨日はここにきてあんたらに記憶を取られる夢を見たんだ、過去には戻らないよ。記憶はなくしたくないしな」
「いらない記憶で結構ですよ、ねがいはケガの後遺症をなくすでもいいですし」
「バスケをはじめるきっかけの記憶を奪われるっていう展開だろ?」
「あなた、本物の能力者ですね」
アサトさんが驚いた顔をした。
「僕にもあなたの予知夢のことは読めませんでした。あなたは知っていてここに来たのですか?」
「気になったんだよ。それに、とても重要な事項を伝えたいという夢だったしな」
度胸のある女子高生だ。しかし、アサトさんは自国のためならば人の夢のきっかけになる記憶すらも奪う。夢を奪ってこちらの世界に未練を残さないようにするためだろう。確信犯みたいなところがヨルトとは違うのかもしれない。でも、アサトさんはいつも真面目に一生懸命仕事をこなす。方向さえ間違えなければ良い人なのだと思う。根本的に良い人なのだけれど、一瞬冷徹な瞳を介間見せる理由は何だろう? 少しだけ違和感がある。
「実はここは時の国と日本との間に位置しているカフェなのです」
「だから時間の流れがゆっくりなのか」
「よく感じましたね。その通りです」
「元々不思議な能力は幼少のころからあったから、今更驚かないよ。異世界が存在していることもずっと感じていたからな」
はじめてここへきて、ここまで驚くことなく冷静に理解する人間はなかなかいないだろう。この女性のことを心強い味方だと感じていた。
「実は、時の国では国王の下で3つの王が仕事をしています。国王、朝、昼、夜の王です。しかし、夜の王の候補者は後を継ぐ気がないので、他に能力ある人材を探しています。朝の王は僕なのですが、僕はいずれは国王になるので、朝の王が空席になります。そこで人材を求めているのです」
「ボクは面倒なことは断るよ、日本の人間だからね。時の国で能力者を探したほうが絶対にいいに決まってる」
「しかし、時の国には能力者が不足しているので。あくまで候補者を探しているだけなので、複数人と接触中です」
「記憶を奪うとか、そういったことはボクはやりたくないしね。日本で生きたいから」
「そうですか、一応気が変わったら夢の中で僕を呼んでください。いつでも待っていますよ。ケガだって完治できますよ」
「過去に戻らず記憶を渡さず、ねがいだけかなえるっていうのは無理か?」
「時空移動とねがいはセットになっているので、どちらかだけというのはないのです。代償なしという契約もできません」
「まぁ、人生そんなに甘くないよな。ごちそうさま。めちゃくちゃうまかったぞ」
能力の高い女子高校生は100円を置いて、何の未練もなく帰宅してしまった。あどけない笑顔と共に。
「彼女は能力は高そうだけれど、ちょっと難しいわね」
まひるが冷めた瞳でため息をつく。
「なかなか異世界に行きたい人なんていないですからね」
アサトさんが少し難しい顔をして悩んでいる。
「さっきの桃太郎ジェラートでも食べて今日は店を閉めましょう、まひる、作ってください」
「ったく、人使いが荒いわね。記憶をもらうって難しいものよ。アサト、候補者選びは少し作戦考えないと。やみくもにあたるのは良くないわ」
まひるが文句を言いながら作り始めた。
桃のジェラートはやはり食べた事の無いような甘いのにさっぱりした味わいで、本当にほっぺが落ちてしまいそうだった。アサトさんとは結局ここで会うだけだ。恋人らしさはゼロ。デートをしたり連絡したりということはなにもなかったりする。これって付き合っているって言えるのだろうか? 以前と特に何も変わらない距離が少しさびしい。
あれ以来ヨルトの店に行くのは遠慮している。彼女に悪いというのが第一の理由だが、ヨルトはたまにアサトさんの様子やまひるの様子をメッセージで聞いてくる。そんな時は、最初は連絡事項を返事しているだけなのだが、いつのまにかどうでもいい雑談メッセージになったりする。その時間は笑いもあるし、とても近い関係に錯覚してしまう。ヨルトは無駄な時間を楽しもうという気持ちがある。どうでもいい時間を作らないアサトさんとは対照的だ。アサトさんは仕事第一の関白亭主というやつなのかもしれない。