「以前、私を時の国で利用できるという話を耳にしたのですが、そのために呼んだのですか?」
 アサトさんにもう一度ちゃんと確認をした。

「今の国王が退任したときに、朝の王である僕が国王になります。すると朝の王がいなくなります。そこで、夢香は潜在的に時の力を持っているということを知っていたので、スカウトのために店を手伝ってもらいながら様子を見ていたのです。すみません。でも、あなたのことをもっと知ったうえで朝の王の候補を見極めたかったのです。最初からそんなことを言ったら、変に思われるし、性格を作ってしまう可能性もあったので、ありのままを見たかったんです。すみません。今は夢香に強制するつもりはないですし、ヨルトにも強制しないつもりです」

「じゃあ夜の王はどうなるのですか?」

「夜の王も朝の王も、候補をこれから店をやりつつ探します」

「夢香が時の国に来ることが嫌でなければ候補としたいと思っています。でも、今は1人の女性として大切なのです」

 こんな恥ずかしい台詞を顔色変えず言えるアサトさんは大人なのだろうか。言われている自分が恥ずかしい。

「時の国は一度行くと帰れないのですか?」

「帰ることは可能ですが、手続きなど少し時間がかかるので、やはり気楽に行くべき場所ではないと思います。誘っておきながらすみません。あなたの大切さを失いそうになって初めて気づきました」

 恥ずかしくなるセリフを普通に話すアサトさんは、感情の一部が欠落しているかのようにも思えた。

「またお店を手伝いながら色々考えてみます」
「ありがとう、うれしいですよ。もしよかったら美術館に行きませんか?」
「もしかして新しくできた美術館ですか?」
「はい、あそこの建物の構造や内装などを店づくりの参考にしたいのです。かなり有名な建築家やデザイナーが作ったと話題になっていましたから」

「ホワイトデーの倍返しごちそうさまでした」
「喜んでいただけて、うれしいですよ」
「まひるには何かあげたりしないのですか?」
「あの子は妹ですが、いけ好かない奴なので、必要以外の物品のやり取りはしません」

 まひるに対してはいら立ちや怒りを時折見せるアサトさん。やはり兄と妹だからなのかな。私はしょせん他人だ。

 美術館ってあまり行ったこともなくて、私はとても緊張していた。さっき私なんかに告白して来たアサトさんは顔色一つ変えずに普通に歩いている。日曜の昼下がりの優しい日差しが気持ちいいが、緊張で体が硬くなっている。緊張がばれたら嫌だな。

「モダンアート展ですか」
「芸術は平等だと思うんだよね」
 時々アサトさんは哲学的なことを普通に言う。

「私、芸術ってよくわからないんです。こんな変な銅像がなぜすごいのかっていう疑問は持ちますが」
「見る人が見たら変じゃなく美しい、それが芸術です。そして、感じ方はそれぞれ違っていいし、創造された世界は平等なのに描ける人と描けない人がいる、それだけなのです」

 やっぱりアサトさんは小賢しいというか、何も考えていない私とは違う。でも、隣にいるだけでみんなが振り向く美を持つ男性と歩ける私は幸運だ。というようなバカげたことを考えながら鑑賞をしていた。アサトさんは建物内のデザインやインテリアを含めアートと言われる作品を目を凝らしてみていた。勉強熱心なんだな。そう思った。

 このオブジェ、何だろう? 動物? 宇宙人? ヨルトだったらきっと笑って「何だこれ?」とか言いそう。私もなんだこれ状態だし。アサトさんは良さがわかるのかな? 美しいアサトさんを芸術品のように眺めながら、ヨルトの反応について考えていた。