アサトさんからメッセージが届いた。連絡先を知っているので、アサトさんが日本にいるときはいつでも連絡は取れるのだが、あの後なので少々気まずいと思っていた。最近は、レストランに顔も出していなかった。
「この前のことを謝りたい。お詫びの印としておいしいものをおごらせてください」とのことだった。
少し考えたけれど、あのまま時間がたつともっと気まずいような気がして、アサトさんが私を利用しようとしていたということも気になって、一度会って確認しようと思った。
レストラン以外でアサトさんに会うことはとても珍しい出来事だった。
今日は普段行かない喫茶店に向かう。アサトさんは几帳面な性格通り10分前行動で、早めに来ていたようだ。私が手を振ると、アサトさんは手を振り返す。兄弟なのに、ヨルトとは違うな。
「この前はごめん」
会うとすぐにアサトさんが私に謝った。
「薬を光に詰め込む技術すごいね、あっという間に治ったよ」
「あの銃でヨルトを撃つつもりはなかったんだ。でも、結果彼を傷つけてしまった。僕の責任だ」
「でも、謝るのは私ではなくヨルトに謝ったほうがいいと思うよ」
「わかっている。でも、第三者である夢香にまずは謝りたかったし、会いたかったんだ」
「会いたかった?」
「もう夢香はレストランには来ないと思ったから」
「私の力が必要だったの?」
「たしかに、夢香の特別な力を察知してレストランに呼んだのは僕だけど、でも、だんだん夢香の人柄に惹かれていったのは本当だよ。だから、国のためではなく、自分のためにまた手伝いに来てほしいと思って。今日、ちゃんと伝えたかったんだ」
「手伝いは楽しかったけれど、記憶の代償はどうなのかなって疑問はあったよ。あとまひるちゃんがちょっと怖いというか」
「まひるは大丈夫。ちゃんとバイト代払う代わりに口出しさせないと約束したから」
「記憶の代償は確かに申し訳ないけれど、品物を買うときにお金を払うことと一緒なんだ。同意の上だから、同意しない人からは、いただかないし」
たしかに、お金のかわりが記憶と言われると、相応の支払いが必要なのは私でもわかる。ただで売る店はない。
「記憶喪失とか認知症の人ってアサトさんが絡んでいたりしないよね?」
「僕は絡んでいないけれど、父親はそのことで母と別れているからね。今は無理に人から記憶を奪うことはしていないけれど。でも、僕は原則、時の国の住人からは記憶をいただかないつもりだよ。愛国心があるからかな。それに、最近はエネルギーを作り出す機械が開発されているから、人から奪わなくてもエネルギーを量産できるようになってきた。まだ今生産されているのはわずかなエネルギーだけれどね。時代が変わったんだよ」
ヨルトが言っていたのは、事実なんだ。お父さんが罪もない人の記憶を奪っていたということが、時の国への嫌悪感につながったのかもしれない。
「素敵な喫茶店があるので、ケーキでも食べませんか? ごちそうします」
「いいのですか?」
「もちろん。いちごのショートケーキはお好きですか?」
「はい、もちろん」
私は、流れで一押しの喫茶店に行くことにした。アサトさんと人ごみを歩く。アサトさんは背が高く目立つので、振り返られることも多いし、若い女の子はアサトさんを見ている確率は高い。少し鼻高々に歩いてみる。別に私がみられているわけでもないのに。茶色の柔らかで少しくせ毛なアサトさんの髪質は兄弟のヨルトとは違う。ヨルトはストレートの金髪だ。兄弟でもだいぶ違うものだと思いながら、横を少し距離を置いて歩いてみる。それは、街中から比較的近いのだけれど、森林に囲まれた木の家という風格の建物だった。知る人ぞ知るという喫茶店なのかもしれない。
メニュー表を見ると美しい彩られたケーキがたくさんあり、紅茶の種類が豊富でフレーバーティーがたくさん並べられていた。ストロベリーティーってあまり飲んだことがないので、正直おいしいのかどうかもわからなかったが、いちごのショートケーキに合いそうな気がして頼んでみた。コーヒーの味わいがまだわからない私には紅茶のほうが選びやすいというのもあった。
「ストロベリーティーといちごのショートケーキをお願いします」
いちごづくしの注文をウェイトレスに頼む。
「僕も同じものをお願いします、夢香と同じ味を味わいたいので」
そんな表情変えずに赤面するようなセリフを言ったりするアサトさんはずるい。
「僕は色々な喫茶店などに行って研究ばかりしています、常に自分の店のために行くのですが、今日は夢香のために来ました。以前来た喫茶店ですが、一度味わってほしかったんです。いつも僕の手作りばかりなのでホワイトデーのお返しは喫茶店のスイーツです」
「ありがとうございます」
私のためなんて言われるとちょっと照れるな。
すると、まじめな顔をしてアサトさんが私に言った。
「僕はあなたが好きです。だから、ちゃんと付き合ってほしいのです」
「……でも、私が時の国に行きたくないと言ったら? それならば付き合いたくないですよね?」
ヨルトが言っていた。アサトさんは無駄なことをしない主義だと。時の国に行ってくれる人以外付き合わないという事実を確認してみる。
「僕は夢香と一緒にいられるだけでいいので、時の国に来なくてもかまいません。一緒にお店をやったり……笑顔を見ていたいだけです」
「まひるがいると、ちょっと気まずいかな」
本音を明かす。
「まひるは過去や未来に行けるドリンクを作る特殊能力があるので、従業員としては必要です」
アサトが真剣なまなざしを向ける。とてもきれいな宝石のような瞳だった。
「夢香、僕と結婚前提につきあってもらえませんか?」
「え……? 結婚前提? 普通の恋愛ではないということですか?」
「いえ、結婚を考えるくらい真剣ということで、見返りは求めません。自分のための告白です、僕には夢香が必要だと感じたのです」
まさかこんなに美しい人に2度も告白されるなんて。しかも、こんなに優しい人が彼氏になるなんて。それにしてもアサトさんは緊張しないのかな、表情が変わらない。
「おつきあいしてもいいですよ、普通の恋人として恋愛をしてみたいです。国とかそういったことは関係なく。朝の王にはなりませんがそれでもよければ」
「ほんとうですか? もちろん能力や国は関係なくあなたと一緒にいたいので」
アサトさんはうれしそうに手を差し出し、握手を求めた。私も、うれしくなり、舞い上がってしまった。彼が時の国という異世界の住人だとかそういったことは関係ないと勝手に思っていた。国が違うことはたくさんのリスクがあるだろう。でも、今はそんなことは関係なく恋愛を楽しみたいという気持ちだけだった。
そして、お目当てのケーキと紅茶が届いた。
「ここは記憶をとられたりする喫茶店じゃないですよね」
小声で聞いてみる。
アサトさんは笑いながら、
「大丈夫ですよ。普通のおいしい喫茶店です」
そう言った。あれ? 笑った顔が少しヨルトに似ている。やっぱりなんとなく似ているという点が兄弟なのだと確信した。ヨルトの場合はもっと野性的で毒気のある笑みだけれど。
おいしそうなひとくちをまず頬張ってみる。生クリームがやわらかい。そして、甘さ具合がちょうどいい。生地のスポンジも柔らかく甘いものだった。スポンジの中にいちごが入っていた。そして、スポンジはピンク色でいちごの果実が入っていると書いてあった。なるほど、いちご尽くしなのか。生クリームの上にはいちごの乾燥した粉がかけられていた。見た目もかわいいし、おいしいし、とても幸せだ。天国の喫茶店かもしれない。
イチゴのフレーバーティーは優しい香りがするいちごの紅茶だった。紅茶に詳しくないけれど、渋みもなく初心者でも味わえる優しい味だった。酸味があまりなく、くせもない。
アサトさんも微笑みながらケーキを味わっていた。どちらかというと仕事のための調査で食べているような感じがした。メモを真剣にとりながらケーキを食べる人はアサトさんくらいだろう。写真も熱心に撮っている。
「いちごづくしですね。店内もいちごの模様のテーブルクロスにカーテンにイチゴを前面に推している感じだ」
「ここの紅茶は優しい味なんだよね。口の中に広がる香りとか味わいが贅沢な時間を感じるよ」
私には味の違いとか難しいことはわからないが、ただ、おいしくて、ほっとできる空間がここにはあるということを実感した。これ以上、おいしいものには出会えないかもしれないと思える喫茶店を知ることができた。
ヨルトってこういったお店って行くのかな? なんとなく、ヨルトは食べられればなんでもいい、みたいなイメージがある。男っぽい感じがアサトさんとは違うかもしれない。アサトさんは繊細で優しくて気配りができる人だ。
まひるが何か悪いことたくらまなければいいけれど。本当は18歳なのに10歳と偽る少女に警戒を怠らないようにしていた。
「この前のことを謝りたい。お詫びの印としておいしいものをおごらせてください」とのことだった。
少し考えたけれど、あのまま時間がたつともっと気まずいような気がして、アサトさんが私を利用しようとしていたということも気になって、一度会って確認しようと思った。
レストラン以外でアサトさんに会うことはとても珍しい出来事だった。
今日は普段行かない喫茶店に向かう。アサトさんは几帳面な性格通り10分前行動で、早めに来ていたようだ。私が手を振ると、アサトさんは手を振り返す。兄弟なのに、ヨルトとは違うな。
「この前はごめん」
会うとすぐにアサトさんが私に謝った。
「薬を光に詰め込む技術すごいね、あっという間に治ったよ」
「あの銃でヨルトを撃つつもりはなかったんだ。でも、結果彼を傷つけてしまった。僕の責任だ」
「でも、謝るのは私ではなくヨルトに謝ったほうがいいと思うよ」
「わかっている。でも、第三者である夢香にまずは謝りたかったし、会いたかったんだ」
「会いたかった?」
「もう夢香はレストランには来ないと思ったから」
「私の力が必要だったの?」
「たしかに、夢香の特別な力を察知してレストランに呼んだのは僕だけど、でも、だんだん夢香の人柄に惹かれていったのは本当だよ。だから、国のためではなく、自分のためにまた手伝いに来てほしいと思って。今日、ちゃんと伝えたかったんだ」
「手伝いは楽しかったけれど、記憶の代償はどうなのかなって疑問はあったよ。あとまひるちゃんがちょっと怖いというか」
「まひるは大丈夫。ちゃんとバイト代払う代わりに口出しさせないと約束したから」
「記憶の代償は確かに申し訳ないけれど、品物を買うときにお金を払うことと一緒なんだ。同意の上だから、同意しない人からは、いただかないし」
たしかに、お金のかわりが記憶と言われると、相応の支払いが必要なのは私でもわかる。ただで売る店はない。
「記憶喪失とか認知症の人ってアサトさんが絡んでいたりしないよね?」
「僕は絡んでいないけれど、父親はそのことで母と別れているからね。今は無理に人から記憶を奪うことはしていないけれど。でも、僕は原則、時の国の住人からは記憶をいただかないつもりだよ。愛国心があるからかな。それに、最近はエネルギーを作り出す機械が開発されているから、人から奪わなくてもエネルギーを量産できるようになってきた。まだ今生産されているのはわずかなエネルギーだけれどね。時代が変わったんだよ」
ヨルトが言っていたのは、事実なんだ。お父さんが罪もない人の記憶を奪っていたということが、時の国への嫌悪感につながったのかもしれない。
「素敵な喫茶店があるので、ケーキでも食べませんか? ごちそうします」
「いいのですか?」
「もちろん。いちごのショートケーキはお好きですか?」
「はい、もちろん」
私は、流れで一押しの喫茶店に行くことにした。アサトさんと人ごみを歩く。アサトさんは背が高く目立つので、振り返られることも多いし、若い女の子はアサトさんを見ている確率は高い。少し鼻高々に歩いてみる。別に私がみられているわけでもないのに。茶色の柔らかで少しくせ毛なアサトさんの髪質は兄弟のヨルトとは違う。ヨルトはストレートの金髪だ。兄弟でもだいぶ違うものだと思いながら、横を少し距離を置いて歩いてみる。それは、街中から比較的近いのだけれど、森林に囲まれた木の家という風格の建物だった。知る人ぞ知るという喫茶店なのかもしれない。
メニュー表を見ると美しい彩られたケーキがたくさんあり、紅茶の種類が豊富でフレーバーティーがたくさん並べられていた。ストロベリーティーってあまり飲んだことがないので、正直おいしいのかどうかもわからなかったが、いちごのショートケーキに合いそうな気がして頼んでみた。コーヒーの味わいがまだわからない私には紅茶のほうが選びやすいというのもあった。
「ストロベリーティーといちごのショートケーキをお願いします」
いちごづくしの注文をウェイトレスに頼む。
「僕も同じものをお願いします、夢香と同じ味を味わいたいので」
そんな表情変えずに赤面するようなセリフを言ったりするアサトさんはずるい。
「僕は色々な喫茶店などに行って研究ばかりしています、常に自分の店のために行くのですが、今日は夢香のために来ました。以前来た喫茶店ですが、一度味わってほしかったんです。いつも僕の手作りばかりなのでホワイトデーのお返しは喫茶店のスイーツです」
「ありがとうございます」
私のためなんて言われるとちょっと照れるな。
すると、まじめな顔をしてアサトさんが私に言った。
「僕はあなたが好きです。だから、ちゃんと付き合ってほしいのです」
「……でも、私が時の国に行きたくないと言ったら? それならば付き合いたくないですよね?」
ヨルトが言っていた。アサトさんは無駄なことをしない主義だと。時の国に行ってくれる人以外付き合わないという事実を確認してみる。
「僕は夢香と一緒にいられるだけでいいので、時の国に来なくてもかまいません。一緒にお店をやったり……笑顔を見ていたいだけです」
「まひるがいると、ちょっと気まずいかな」
本音を明かす。
「まひるは過去や未来に行けるドリンクを作る特殊能力があるので、従業員としては必要です」
アサトが真剣なまなざしを向ける。とてもきれいな宝石のような瞳だった。
「夢香、僕と結婚前提につきあってもらえませんか?」
「え……? 結婚前提? 普通の恋愛ではないということですか?」
「いえ、結婚を考えるくらい真剣ということで、見返りは求めません。自分のための告白です、僕には夢香が必要だと感じたのです」
まさかこんなに美しい人に2度も告白されるなんて。しかも、こんなに優しい人が彼氏になるなんて。それにしてもアサトさんは緊張しないのかな、表情が変わらない。
「おつきあいしてもいいですよ、普通の恋人として恋愛をしてみたいです。国とかそういったことは関係なく。朝の王にはなりませんがそれでもよければ」
「ほんとうですか? もちろん能力や国は関係なくあなたと一緒にいたいので」
アサトさんはうれしそうに手を差し出し、握手を求めた。私も、うれしくなり、舞い上がってしまった。彼が時の国という異世界の住人だとかそういったことは関係ないと勝手に思っていた。国が違うことはたくさんのリスクがあるだろう。でも、今はそんなことは関係なく恋愛を楽しみたいという気持ちだけだった。
そして、お目当てのケーキと紅茶が届いた。
「ここは記憶をとられたりする喫茶店じゃないですよね」
小声で聞いてみる。
アサトさんは笑いながら、
「大丈夫ですよ。普通のおいしい喫茶店です」
そう言った。あれ? 笑った顔が少しヨルトに似ている。やっぱりなんとなく似ているという点が兄弟なのだと確信した。ヨルトの場合はもっと野性的で毒気のある笑みだけれど。
おいしそうなひとくちをまず頬張ってみる。生クリームがやわらかい。そして、甘さ具合がちょうどいい。生地のスポンジも柔らかく甘いものだった。スポンジの中にいちごが入っていた。そして、スポンジはピンク色でいちごの果実が入っていると書いてあった。なるほど、いちご尽くしなのか。生クリームの上にはいちごの乾燥した粉がかけられていた。見た目もかわいいし、おいしいし、とても幸せだ。天国の喫茶店かもしれない。
イチゴのフレーバーティーは優しい香りがするいちごの紅茶だった。紅茶に詳しくないけれど、渋みもなく初心者でも味わえる優しい味だった。酸味があまりなく、くせもない。
アサトさんも微笑みながらケーキを味わっていた。どちらかというと仕事のための調査で食べているような感じがした。メモを真剣にとりながらケーキを食べる人はアサトさんくらいだろう。写真も熱心に撮っている。
「いちごづくしですね。店内もいちごの模様のテーブルクロスにカーテンにイチゴを前面に推している感じだ」
「ここの紅茶は優しい味なんだよね。口の中に広がる香りとか味わいが贅沢な時間を感じるよ」
私には味の違いとか難しいことはわからないが、ただ、おいしくて、ほっとできる空間がここにはあるということを実感した。これ以上、おいしいものには出会えないかもしれないと思える喫茶店を知ることができた。
ヨルトってこういったお店って行くのかな? なんとなく、ヨルトは食べられればなんでもいい、みたいなイメージがある。男っぽい感じがアサトさんとは違うかもしれない。アサトさんは繊細で優しくて気配りができる人だ。
まひるが何か悪いことたくらまなければいいけれど。本当は18歳なのに10歳と偽る少女に警戒を怠らないようにしていた。