「お嬢さん、人生に迷いはつきものですよ」

 いつもどおり幻のレストランを手伝って、帰宅する途中後ろから声がした。聞きなれた声で、もうきくことはできないであろうと思っていた声だった。ヨルトだ。黒い衣装に身を包んで、今日は一段とミステリアスな雰囲気だ。こういった人を美少年というのかもしれない。

「今日は占い師やってるの?」
「今日は店が定休日で、こっちのバイト中。昨日、ちゃんと話せなかったから時間くれるか?」
「なに?」

 もしかして、俺と付き合えとか略奪系? 私の脳は腐っているのかもしれない。恋愛脳もここまでくると天然バカとしか言えない。

 占いの椅子に座り彼の話を聞くことにした。

「アサトと結婚するということは、時の国の人間になるということなんだ。兄貴は嫁となる人の記憶を奪い、母みたいに離婚して出ていくことがないように考えているはずだ。保守的で確実性を重視しているからな。おまえには、家族がいるだろ、全部記憶がなくなってもいいという覚悟はあるのか?」
「まさかぁ」

 大げさな空想話に笑いそうになった。

「アサトさんはそんな人じゃないよ。ちゃんと妻を大切にするよ」

「アサトにとっての大切にするという意味がわかるか。時の国のためになるように記憶を奪うことだって、おまえを大切にするということだと思っている、あいつの価値観は普通とは違うからな」

「いくら仲が悪いからって、アサトさんがそこまで冷酷な人じゃないし、それはないよ」

「昔言っていたんだ。母親の記憶を父が奪っていれば、離婚して出ていくこともなかった。父は考えが甘いって。それと、結婚するならばある能力の高い人でなければだめだって」

「でも、私は結婚じゃなくて交際だよ」

「アサトは交際だけなんて無駄なことはしない。交際=結婚と考えている男だ。そして、計算高い男だ。なぜレストランに夢香が招かれたかわかるか?」

「私が人生の後悔があったからでしょ」

「アサトの計算だよ。この赤い石を使いこなせる能力があるのは珍しいんだよ。日本の人間の中では珍しく、君は時を操る力が強いのだと思う。そういった人でなければ時の国の王室に迎えることはできない規則があるんだ。アサトが朝の王から国王になった時に空きができる。新しい朝の王を探しているのだと思うよ。現在、時の国ではそういった能力を持ち、教養がある女性はほとんどいないからな」

「アサトさんの批判ばかりだけど、ヨルトが今日ここに現れたのは計算じゃない?」

 ヨルトは少し困った顔をしたが、

「実はおまえの連絡先聞いてなかったし、店にはもう来ないと思って。今日は占いをしながらお前が通るのを待っていたんだ。でもちゃんと伝えておきたいと思ったから」

 ヨルトからの伝えたいことは愛とか恋の話ではない、もっと深刻で私を心配してくれている先の話だった。少しうれしくなった私は、

「じゃあ連絡先交換する? 私に会うために店を閉めさせるの悪いし」

 少しバツの悪そうな顔をしたヨルトだったが――

「交換しておくか。日本人が時の国に行くことは危険だ。ちゃんと理解して納得したうえで結婚しないと、記憶が消えるかもしれないリスクがあるのだから」

 真剣に説得をしてくれた。私のために時間を割いてくれた彼の行動に感謝をしていた。

「彼女と仲良くね」
 そう言うと私は連絡先がつながったスマートフォンを大切に握り締めた。

「実はあの子のこと好きだったの?」
 気になることを聞いてみる。

「全然、好きじゃない」

「なにそれ」

「でも、あのときは、勢いで彼女がいたほうがいいんじゃないかとか、そう思ってしまったんだよ、よくわかんねーけど」

「別れるの?」

「ミサに悪いから、一応付き合ってみようと思う。俺のこと大好きって言ってくれるしさ」

「なによ、自慢? ミサさんに悪いからもうお店には行かないようにするよ」

「純粋に買いたいものがあれば、来いよ。俺は彼女ができたから友達を切るとかそういう考えはないから」

「でも、ミサさん嫌がるんじゃない?」

「兄の彼女候補なわけだから気にしないと思うけど」

「わかった、お客さん逃したくないんでしょ。閑古鳥が鳴いているからね。私、アンティーク小物とかたまに買ってたしね」

「せっかくできた友達だからさ。俺はアサトと違ってどんなことも無駄とは思わないタイプだから」

 また店に来いって言ってくれているならば、素直に受け入れよう。友達か、いい響きだな。

「また、行くよ」

 なんだかデートの約束みたいで笑えてくる。でも、私、ヨルトと波長が合うのかもしれない。男友達ってはじめてだけれど、ヨルトはとても話しやすい人だから。

「これ、義理チョコのお返し、少し早いけれど、もう会えないかもしれないから」

 かわいいラッピングに包まれた中に入っていたのは、チョコレートではなく、以前から気になっていたアンティークの置物だった。結構高価なもの?

「これ、いいの?」
「前からめちゃくちゃ見ていたから、欲しいのかなって」
「非売品だよね」
「時の国で作られた限定品なんだ。目の中に入っている宝石は記憶の石と言って、高価な代物だけど古いものだし、やっぱりこれは大切にしてくれそうな持ち主が持つべきだと思っているよ」
「ありがとう、うれしい」

 思いもよらぬプレゼントに微笑みがこぼれた。でも、もう会えないかもしれないという言葉が引っかかる。

「あと、これは時の国のクッキーなんだ。見た目はきれいなのだが、正直味はおいしくはない」

「これは手作りじゃないけれど、あちらの国にいくということはこういうことだってこと。百聞は一味にしかずだろ」

「なにそれ、食べてみれば時の国がわかるってこと? ありがとう、味わってみるわ。せっかくだから、占ってよ」

「仕方ないな、恋愛はもう相手いるしな。健康運か?」

「これからの結婚とか未来のこと」

 すると、カードを切って、並べてめくる。ヨルトは少し驚いた顔をした。

「おまえは、浮気性か」
「は?」
「一人の男では満足せず、目移りするとでているぞ」
「予知能力って当たってないんじゃない? だって一途だもん」
「お前がアサトを好きならば、ちゃんと愛し合うんだぞ。俺としては二人に幸せになってほしいからな。でも、それと時の国へ嫁ぐことは別物だから、よく考えたほうがいい」

【時の国のクッキー】
 見た目はすごくきれいだが美味しいとはいいがたい。美しさとおいしさは比例しないのだ。