「おにぎりが食べたいな」
現れたのは、美人魔女。ここは時の国という異世界との間にあるのだから、そういった見たことのない人が来ることは知っていても、やはりちょっと緊張する。見た感じも絵本に出て来る魔女という感じで、それでいて、胸元が開いた洋服を着こなすとてもセクシーな魔女はアサトさんを誘惑するような目つきで上目づかいだ。
この人って男の人に対していつもこんな目をするのかな? アサトさんだけにそういった舐めるような目をするのか、私は気になってしまった。自分の好きな男性を奪われるのはやはり辛い。
「セクシー魔女が来たな」
まひるがからかうように美人に話しかけた。
「せっかくだから、天使と悪魔のおにぎりを作りますね」
「まぁ、まひるちゃん、ありがとう。天使と悪魔とは、アサトらしい提案ね。もしかして、私の迷いにお気づきになっている?」
「僕はあなたのことをよく知っている仲ですからね。あなたの中で、天使と悪魔が戦っているのかなって。二つのおにぎりにはそれぞれの味があって、中身は思ってもいなかったものが入っています。おむすびころりんという日本昔話では自分のおにぎりをあげたことで小判が手に入るという話があります。人のためにやってあげたことが結果自分に倍以上のいいこととなって戻ってくるのです」
「アサト、天才。知識爆発だね」
魔女はウィンクしてブイサインをする。派手なノリは私とは違うと思い、壁を作ってしまった。私は、二人のやり取りがあまりにも自然だったので、関係を聞くことにした。
「お二人は、どういった関係ですか?」
「元恋人だけど?」
美人魔女が片目をつむってウィンクした。
「ええええ????」
私は、驚きすぎて腰を抜かしそうになった。口から魂が抜け出そうになるのを抑えつつ。アサトさんの意外な女性の趣味に驚きを隠せなかった。そりゃあ、アサトさんだって大人の男性で、恋人がいたことはあるだろうけれど、セクシー魔女ってアサトさんには不似合いで。
「恋人といっても、ビジネスパートナーだけどね」
「ビジネス……パートナー??」
「この店を開くときに色々お世話になったんだよ。日本では美織さん、時の国ではここにいるマジョリーにお世話になったのさ」
「そうよ、アサトは私の誘いにちっとも乗ってくれないから、恋愛ははじまらなかったけれどね」
長く細い指を絡ませながら派手な魔女はささやいた。派手なカラーのネイルが目立つ。
「実は、悪魔女からの誘いがあって、闇のビジネスの誘いがあるのよ。お金は儲かるけれど、良心の呵責ってやつかな」
「悪い事したら、逮捕されますよ」
胸をのぞきこむように上から力強く言うと、
「私たちの世界には逮捕とか警察とかないのよ。闇ビジネスも合法ってことよ」
「さあ出来上がりましたよ、天使と悪魔のおにぎりです」
「中身は何?」
興味津々のセクシー魔女。
「おにぎり好きだよねえ」
まひるが呆れた顔をしている。この人はいつもおにぎりばかり注文するのだろうか?
「一度、アサトにおにぎりを作ってもらって、それからおにぎりが大好きになったの。私たちの国にはないものだから、ここでの食事は貴重なのよね」
冷静におにぎりを好きになった経緯を説明する魔女。まぁ、おにぎりが嫌いな人は珍しいので万人向けの食べ物なのかもしれない。
「本当に日本の食事というのはおいしいので、常日頃勉強しているんですよ。弟を探しながら食文化を学んでいます」
アサトさんはいつもきっちりしていて、素顔が見えない。いつも笑顔だ。怒ることがあるのだろうか? 怒っても悲しくても顔に出さないイメージしか湧かない。
「実は、こちらのおにぎりはひとつは辛いものと甘いものを用意しています。見ただけでは中身の具材はわかりません。ひとつはチーズとじゃこを混ぜたおにぎり、もうひとつはさくらでんぶをまぶしたおにぎりにしています」
「どっちを選ぶかは私次第っていいたいのね。アサトらしい提案だわ。常に冷静で見ているというスタンス、それがアサトよね」
「どちらを選んでも、おいしさは違いますが、おいしいことは間違いありません。しかし、個人の好みがありますからね。おにぎりひとつでも、全員に好かれるものを作ることは不可能です」
「桜でんぶってピンクでかわいい。私、こっちから食べようかな。いただきまーす」
ひとくち真っ赤なルージュの口紅の唇がおにぎりを頬張った。
「甘いのに、中身がしょっぱい。これなあに?」
「桜でんぶのおにぎりの中身は明太子です」
「明太子っていうの? なにこの味わい、はじめての食感だわ。明太子と桜でんぶのハーモニーなんてイキじゃない。でも、もうひとつには何が入っているの?」
そういいながら、もうひとつを頬張った。つやのある米粒がきらきら光っていた。まるで米が宝石の一種のように見えてきた。
「甘くないし。これ、なあに? 苦いけど」
「これは、ふき味噌です。ちょっとした苦みを入れました。甘いものと思い込ませて実は両方辛い、苦いという展開です。そしてつやを出すためにご飯を炊くときにオリーブオイルを少々入れました。オレインサンによるダイエット効果、クロロフィルによる美白効果があります」
「本当に、アサトって知識が豊富で、料理の詐欺師みたいね」
「一見甘く見えますが、実は辛いことだってあるんですよ。人間もそうかもしれませんね。見た目で騙されてはいけないということです」
「じゃあ、辛いほうが悪魔で、甘いほうが天使? でも甘い中には苦みがあるし」
「それも、それぞれの判断ですよ、優しい悪魔だっているかもしれないし、ずるがしこい天使もいるかもしれません」
私は、アサトさんのことを何も知らない。もしかして笑顔で近づく詐欺師だとしたら、アサトさんは優秀な詐欺師だと思えた。とてもいい人なのだけれど、表情を変えないから本当のところが見えないと思えた。
ヨルトのことをふと思い出した。あんないい加減な男だけど、実はすごく真面目っていうこともあるのかな? 口は悪くても本当は優しいってこともあるのかな。アサトさんの料理には、そういうことを考えさせる工夫がいっぱいで、本当に尊敬ばかりだ。
※【天使と悪魔のおにぎり】
どちらが天使でどちらが悪魔なのかは個人の判断で。
桜でんぶの中に明太子。
じゃことチーズの中にふき味噌。
現れたのは、美人魔女。ここは時の国という異世界との間にあるのだから、そういった見たことのない人が来ることは知っていても、やはりちょっと緊張する。見た感じも絵本に出て来る魔女という感じで、それでいて、胸元が開いた洋服を着こなすとてもセクシーな魔女はアサトさんを誘惑するような目つきで上目づかいだ。
この人って男の人に対していつもこんな目をするのかな? アサトさんだけにそういった舐めるような目をするのか、私は気になってしまった。自分の好きな男性を奪われるのはやはり辛い。
「セクシー魔女が来たな」
まひるがからかうように美人に話しかけた。
「せっかくだから、天使と悪魔のおにぎりを作りますね」
「まぁ、まひるちゃん、ありがとう。天使と悪魔とは、アサトらしい提案ね。もしかして、私の迷いにお気づきになっている?」
「僕はあなたのことをよく知っている仲ですからね。あなたの中で、天使と悪魔が戦っているのかなって。二つのおにぎりにはそれぞれの味があって、中身は思ってもいなかったものが入っています。おむすびころりんという日本昔話では自分のおにぎりをあげたことで小判が手に入るという話があります。人のためにやってあげたことが結果自分に倍以上のいいこととなって戻ってくるのです」
「アサト、天才。知識爆発だね」
魔女はウィンクしてブイサインをする。派手なノリは私とは違うと思い、壁を作ってしまった。私は、二人のやり取りがあまりにも自然だったので、関係を聞くことにした。
「お二人は、どういった関係ですか?」
「元恋人だけど?」
美人魔女が片目をつむってウィンクした。
「ええええ????」
私は、驚きすぎて腰を抜かしそうになった。口から魂が抜け出そうになるのを抑えつつ。アサトさんの意外な女性の趣味に驚きを隠せなかった。そりゃあ、アサトさんだって大人の男性で、恋人がいたことはあるだろうけれど、セクシー魔女ってアサトさんには不似合いで。
「恋人といっても、ビジネスパートナーだけどね」
「ビジネス……パートナー??」
「この店を開くときに色々お世話になったんだよ。日本では美織さん、時の国ではここにいるマジョリーにお世話になったのさ」
「そうよ、アサトは私の誘いにちっとも乗ってくれないから、恋愛ははじまらなかったけれどね」
長く細い指を絡ませながら派手な魔女はささやいた。派手なカラーのネイルが目立つ。
「実は、悪魔女からの誘いがあって、闇のビジネスの誘いがあるのよ。お金は儲かるけれど、良心の呵責ってやつかな」
「悪い事したら、逮捕されますよ」
胸をのぞきこむように上から力強く言うと、
「私たちの世界には逮捕とか警察とかないのよ。闇ビジネスも合法ってことよ」
「さあ出来上がりましたよ、天使と悪魔のおにぎりです」
「中身は何?」
興味津々のセクシー魔女。
「おにぎり好きだよねえ」
まひるが呆れた顔をしている。この人はいつもおにぎりばかり注文するのだろうか?
「一度、アサトにおにぎりを作ってもらって、それからおにぎりが大好きになったの。私たちの国にはないものだから、ここでの食事は貴重なのよね」
冷静におにぎりを好きになった経緯を説明する魔女。まぁ、おにぎりが嫌いな人は珍しいので万人向けの食べ物なのかもしれない。
「本当に日本の食事というのはおいしいので、常日頃勉強しているんですよ。弟を探しながら食文化を学んでいます」
アサトさんはいつもきっちりしていて、素顔が見えない。いつも笑顔だ。怒ることがあるのだろうか? 怒っても悲しくても顔に出さないイメージしか湧かない。
「実は、こちらのおにぎりはひとつは辛いものと甘いものを用意しています。見ただけでは中身の具材はわかりません。ひとつはチーズとじゃこを混ぜたおにぎり、もうひとつはさくらでんぶをまぶしたおにぎりにしています」
「どっちを選ぶかは私次第っていいたいのね。アサトらしい提案だわ。常に冷静で見ているというスタンス、それがアサトよね」
「どちらを選んでも、おいしさは違いますが、おいしいことは間違いありません。しかし、個人の好みがありますからね。おにぎりひとつでも、全員に好かれるものを作ることは不可能です」
「桜でんぶってピンクでかわいい。私、こっちから食べようかな。いただきまーす」
ひとくち真っ赤なルージュの口紅の唇がおにぎりを頬張った。
「甘いのに、中身がしょっぱい。これなあに?」
「桜でんぶのおにぎりの中身は明太子です」
「明太子っていうの? なにこの味わい、はじめての食感だわ。明太子と桜でんぶのハーモニーなんてイキじゃない。でも、もうひとつには何が入っているの?」
そういいながら、もうひとつを頬張った。つやのある米粒がきらきら光っていた。まるで米が宝石の一種のように見えてきた。
「甘くないし。これ、なあに? 苦いけど」
「これは、ふき味噌です。ちょっとした苦みを入れました。甘いものと思い込ませて実は両方辛い、苦いという展開です。そしてつやを出すためにご飯を炊くときにオリーブオイルを少々入れました。オレインサンによるダイエット効果、クロロフィルによる美白効果があります」
「本当に、アサトって知識が豊富で、料理の詐欺師みたいね」
「一見甘く見えますが、実は辛いことだってあるんですよ。人間もそうかもしれませんね。見た目で騙されてはいけないということです」
「じゃあ、辛いほうが悪魔で、甘いほうが天使? でも甘い中には苦みがあるし」
「それも、それぞれの判断ですよ、優しい悪魔だっているかもしれないし、ずるがしこい天使もいるかもしれません」
私は、アサトさんのことを何も知らない。もしかして笑顔で近づく詐欺師だとしたら、アサトさんは優秀な詐欺師だと思えた。とてもいい人なのだけれど、表情を変えないから本当のところが見えないと思えた。
ヨルトのことをふと思い出した。あんないい加減な男だけど、実はすごく真面目っていうこともあるのかな? 口は悪くても本当は優しいってこともあるのかな。アサトさんの料理には、そういうことを考えさせる工夫がいっぱいで、本当に尊敬ばかりだ。
※【天使と悪魔のおにぎり】
どちらが天使でどちらが悪魔なのかは個人の判断で。
桜でんぶの中に明太子。
じゃことチーズの中にふき味噌。