いつものようにお店のお手伝いの後に、古書店へ立ち寄ると、珍しくヨルトが険しい顔をしていた。

「どうしたの?」
 彼らしくもないヨルトの様子を察した私。
「後ろを見てみろ、来客だ」

 ヨルトが険しい顔で入り口のほうを見て睨んでいた。

「こんばんは、ひさしぶりだね、ヨルト」
 気配もなく私の後ろにいるのは、アサトさんだった。いつの間にいたのだろう? 私の後をつけてきたの? 全く気付かなかった。

「なんでアサトさんがここに?」
「少し前から夢香の心に乱れを感じていたので、気になっていたのですが、やはりヨルトが絡んでいたのですか」
「ごめんなさい」
 ヨルトに謝った。

「別にかまわねーよ、ここが夢香にばれたときから、アサトがやってくることはわかっていたんだからな」
 私のせいだ。

 すると、アサトさんが拳銃らしきものを手にしていた。嘘? なんであんなに優しい人が、そんな危ないものをもっているの?

「ヨルト、力づくでお前をこちらの世界に連れ戻す」

 アサトさんは拳銃を構えた。構えた先にはヨルトがいた。私は怖くなって立ちすくんだ。すると、ヨルトは剣を取り出した。それは、不思議な青い光でできていて、鉄や銅などでつくられたものではなかった。

「アサトの拳銃の光を吸収するにはこの剣が一番だ」
「それは時の国の剣ではないですか。こんな物騒なものを持ち出していたのですか」
「アサトさん、銃刀法違反でつかまりますよ。ヨルトも剣なんて日本では法律が厳しいからダメよ」
「この剣は記憶の光で作られているし、アサトの拳銃も弾ではなく記憶の光が飛ぶんだ。だから、銃刀法には引っかからないと思うぞ」

 ヨルトが余裕の表情で剣を構えた。

「でも、破壊力はすごいので、当たったら大けがしますけど」

 アサトさんが冷めた瞳で銃口を向けた。私が盾になっても死ぬだけかもしれない、どうやってとめたらいいのだろう?

「アサトさん、やめてください」

 すると、アサトさんはおとなしく銃をしまった。

「ヨルト、交渉です。少し考えてください。我々はハーフではありますが、時の国の血を引いています。自分の国を守るために日本人から記憶をほんの少しいただいているだけです。そして、次期夜の王となるのは、ヨルト、あなたしかいません」

「アサトさん、ヨルトは日本が好きなんだって。夜の王に別な人がなれないの?」
 平和的解決のために提案する。

「ヨルトは正統な血を引く後継者です。夜の王となるにふさわしい人物なのです。手荒な真似をして申し訳ない、また来ます。それまでにいい返事を聞かせてください。夢香は今まで通りレストランに来ていただければうれしいです。怖がらせてごめんなさい」

 そういうと、何事もなかったかのような柔和な表情でアサトさんは店を立ち去った。アサトさんが怖い点は怖さと優しさが表裏一体だからかもしれない。瞬時に怖い顔から優しい顔をする。

「ヨルト、大丈夫?」

「俺はこの剣があるから、自分の身は自分で守ることができる。そして、兄貴と同じ記憶の光で作られた拳銃も護身用に持ってるから。でも、これは普通の人には使えないアイテムだから、もし盗まれることがあっても危険なものではないよ」

 そういうと、剣から伸びていた光がすっと消えて、ただの剣の持ち手だけになった。私が触っても何も起こらないので、おもちゃと変わらなかった。

「記憶の光って?」
「人々の記憶はエネルギーになるんだ。その光が剣となり、銃となる。日本の石油とか電気の類が時の国では記憶なんだ。だから、国を動かすための大切な資源だ。俺は夜の王になるなんてごめんだな」

 私は、怖くなって自然と涙があふれた。信じていた優しいアサトさんの違う一面を見て、異世界の人だということがよくわかってしまって、とても遠い人に感じた。でも、アサトさんは悪い人ではなくて、国のためにヨルトに戻ってきてほしいだけで、強硬手段に出たという感じだと思う。

「何、泣いてるんだよ」
「私、アサトさんのことが大好きなの。でも、あんな怖い顔のアサトさんははじめてで、どうしたらいいのか、わからなくって」

 不覚にもヨルトの目の前で泣きじゃくってしまった。何故かヨルトの前では自然体でいられると思う。アサトさんを好きなことを隠さず話すことができる唯一の存在がヨルトだ。

 ヨルトは少し困った様子を見せたが、仕方ないな、という感じで、
「お前の恋は応援するから、とりあえず泣き止め」

 そう言ってフェイスタオルをよこした。ハンカチではなく持っているものがフェイスタオルという点がヨルトらしいと思った。私がタオルを見つめていると、

「未使用だから安心しろ」
 と言われた。そうか、未使用だからにおいも何もしないのか、なんて思いながら涙を拭いた。
「アサトさんてどんな人が好きなの?」
 弟であるヨルトに聞いてみる。

「アサトの好みなんて知るかよ。だいぶ前に生き別れたからあんまりわからないんだよ」

「協力してくれるっていったのに」

「何か思い出したら教えるけど……アサトは昔から自分を出さない男だから、弟でも何を考えているのか正直わからないんだよ」

「私、アサトさんとうまくいくかな? 予知能力ってあるんでしょ? 教えてよ」

「予知能力はもっと大事な時に使うんだって。そんなことでは使わない」

「ちょっとひどくない? そんなことなんて言うなんて。恋は重要なことではないっていうの?」

 少し怒ってみる。私にとって恋愛は一番大事なことなのに。

「人の未来を見ると知りたくないことを知ってしまう可能性があるから、むやみやたらには見ないんだ。予知能力は自分自身にも使わないよ。明日死ぬことを知りながら今日を生きたくないだろ。今日はもう遅いから帰ったほうがいい」

 ヨルトが少し微笑んだ。ヨルトって意外と優しい人? よかった、なんて優しい言葉をかけられたら、うれしくなってしまう。もちろんアサトさんを好きな気持ちに変わりはないけれどね。

「また、レストランの手伝いに行った帰りにでも遊びに来いよ」
 ヨルトが出口まで見送ってくれた。
「アサトさんに会うの、ちょっと気まずいかも」
「大丈夫。その赤い石を渡したってことはアサトにとって夢香は大事な人ってことだから」
「私とアサトさんがうまくいったら、ヨルトは義理の弟ってことね」
「義理の姉が夢香になるってのも微妙だな」

 そんなやりとりをしながらヨルトと別れて帰宅した。胸が痛くなる長い一日が終わろうとしていた。

 あの店に呼ばれた私には使命があるのかもしれない。だから、何もなかったかのようにもう少しあの店でボランティアをしよう。それが、彼らへの助けになるのかもしれない。赤い石を見つめながら決断した。