「整形手術を検討している女性が今日のお客様ですよ」
「アサトさんは今日来るお客様がわかるのですか?」
「知ったうえで招いているのですから、偶然ではなく必然です」
「アサトおにいちゃんってすごい予知能力を持っているよね。心がよめるっていうかさ」
まひるが笑いながらすごいことを当たり前のように言う。
ヨルトから聞いていたから、心が読めるということや予知能力を知っていた。でも、アサトさんは心を読んでしまったら、ヨルトのことがばれるんじゃ? 少々心配になった。
「アサトさんはいつでも私の心を読むことができるのですか?」
さりげなく聞いてみる。
「いえ、私は困っている日本人の心をキャッチしてその人の未来を見るので、誰の心でも読んでいるわけではありません」
「読まれたら困ることがあるの?」
まひるが聞いてくる。まずいな、核心をつかれている。
「困ることなんてないけれど……まひるちゃんは能力持っているの?」
「あたしはまだ子供だからそんなに能力は開花してないけどね、時を動かす力は持っているよ。だって、虹色ドリンクはまひるが作っているんだよ」
「え……そうなの?」
「まひるは能力が高いので、過去や未来に移動させる力があります。虹色ドリンクを作ることができるのはまひるだけなんですよ」
この小さい子ども、あなどれない。じっと警戒しながらまひるをみつめてしまった。
♢♢♢
カランカランとドアの鈴が鳴る。美しい建物とインテリアの素敵なレストラン。あるようでない、はじめて入るレストランという感じだ。テレビなどでは見た事がある豪華さがちりばめられたレストランだ。名前は清野かおる。
「もしもが体験できる虹色ドリンクって本当にあるんですか?」
変なことを聞いているようで、少し遠慮がちに聞いてみる。
「体験したいことがあるのですか?」
「未来を見たいのですが、見たい時間は指定できますか?」
「好きな時間に行けますが、本当にずっとその時間にとどまることはできません。そのかわり、ここへ戻ったらねがいをひとつかなえることが可能です」
「未来を見るだけでいいんです。個人的なことなのですが、ちょっと迷っていて……」
「なんでも100円ですよ、こちらのスイーツなんていかがですか?」
「ジャックと豆の木のずんだもち? 私、ずんだはこどものころに食べたことがあるんですよね。甘い味わいが懐かしいなぁ」
「ずんだってご当地グルメなんですか? 私、ずんだって知らないです」
女子高生店員が無知ぶりを発揮する。
店員の一人にも関わらず、ずんだを知らないとは、無知だな。緑の食物という程度にしかずんだを知らない女は美容と食に気を遣わなくても異性にモテる人生なのだろう。それなりの美しさ、客の女性にはほしくても手に入らない産物だ。
「みどりのあんこもちみたいなものですが、これは枝豆にをすりつぶして甘みをつけたものなんですよ。ずんだシェイクなんかもあるそうですよ」
店員のリーダー的な美しい男が説明している。古代ギリシャの石像にいそうな顔立ちで、この男は普通以上の美貌を生まれながらにして持っているのだろう。正反対の位置にいる人間だ。
「すっごくおいしいんですよ。なんで全国スイーツにならないのかなって思っちゃうくらい。成分が美容にもいいのですよ」
ひがみの心を打ち消すべく、ずんだについて熱く熱弁していた。
「大豆は畑の肉と言われ、タンパク質、ビタミン、カルシウム、マグネシウム、カリウム、鉄などが豊富で、枝豆のヘルシーパワー!! が詰まっていますよ」
リーダー店員は知識が豊富だ。この人も努力型美貌の持ち主? いや、そんなはずはない。美しさというものは残酷だ。努力なく生まれ持った顔立ちが影響するのだ。無頓着でも美男美女の人はこの世の中にいるのだ。
完成して間もないやわらかな餅を差し出した。本物の餅はあっという間に堅くなると聞く。これを放置していればすぐ堅くおいしくなくなるのだろう。
「お早めにお召し上がりください。もちは劣化が激しいので、おいしい時間はわずかです。ずんだもちの隠し味は練乳です」
皿に盛られたずんだもちはえもいわれぬ色の鮮やかさを放っていた。
「いただきます。ここのずんだはきらきらしていてまるで緑の草原みたい」
目の前のずんだもちの表現があまりにも壮大で見ていたバイト女子が少し面食らった顔をしたが、ずんだもちをずっと見ていたら、本当に緑の芝生が広がる様が見えてきたように思ったのだから間違ったことはいっていない。
今まで食べたずんだもちとは違うはじめての味わいだった。初めての出会いは初めての感覚を私にもたらす。柔らかいもちと甘いずんだのハーモニーが融合する。その様はまるで音楽を奏でるように口の中でメロディーを奏でる。食べ物を食べて音楽が聞こえる。そんな感覚はこのずんだもちがはじめてかもしれない。
「ジャックと豆の木のお話を知っていますか?」
「童話ですよね。たしかまめをまいたら天にも届くくらい伸びて巨人の家に行ってお金持ちになるという話ですよね」
「何事も勇気をもって踏み出さないとなにも変わらないということを表したいいお話だと思いますよ」
ぎゅっと握った手に力を入れ、思いつめたようにひとこと切り出す。
「みらいのもしも体験させてください、虹色ドリンクっていうのでしょうか、書いてありましたよね」
「未来を体験することは可能ですよ、しかし、記憶の一部が代償となります」
「記憶ならば、私がモテないブスだという記憶をあげます」
「記憶いただきます、虹色ドリンク1杯はいりました~」
小学生女子の声が響く。
虹色ドリンクがすぐにできて、怖がることもなくあっという間に飲み干してしまった。まさに一気飲みだった。きっと新しい自分に出会いたいのかもしれない。
清野かおるは、ブスということがずっとコンプレックスだった。少しくらい顔をいじってきれいになりたいと願う。人は親からもらった顔に傷をつけるのはよくないと言う。でも、気に入らない顔だったら? その顔で損ばかりして恋愛もできなかったら? 大幅に変えようとは思っていない。私生活があるわけで、免許証の顔と全然違えば問題も起きる。職場の人との兼ね合いもある。だから、ちょっとだけ顔を変えたいと思っていた。
あれ、この感じなんだろう? 心地いいな……と思いながら眠ってしまったような気がしたが、気が付くと、日付は未来だった。本当に夢みたいだけれど、現実感があった。あのドリンクの効果はすごいと驚きを隠せない。
鏡を見ると少しばかり顔が変わっていた。驚いたのは、別人とわからない程度にしたこともあり、絶世の美人にはなっていなかったのだ。瞳を二重にして目を少しばかり大きくしても、美しくなったとはいいがたい。手術の後は、一重から二重にするだけでも結構腫れがあったりコンタクトが入れられなかったり面倒なこともあると聞く。少しは以前より美しくなったかもしれない顔で街を歩く。
ナンパされることもないし、新しい出会いもない。何も変わらない日常があった。それでも満たされる何かが心の中に溢れていることを私は感じていた。ショーウィンドウにうつった少しばかり大きくなった瞳を誇らしげに大きく開いてみる。
他人がどう思うかではなく自分がどう思うかを私は一番大事にしたい。そう思った。大々的に顔を変えてみるこにも憧れるけれど、今ある顔に少しプラスしたい。失敗するというリスクもあるかもしれない。でも、変わってみたい。そんなささやかな乙女の願いがここにあった。親に何と言われようと友人に何か言われようと二重にしてみたい。ねがいが決まった。おんなの賞味期限は餅と同じで劣化も早い。だからこそ、今やらなければ一生後悔すると思ったのだ。
何もかわらない日常を体験したかおるは、いつのまにか店内に戻っていた。店員たちはきっと顔立ちで悩んだことはないのだろう。そんなうらやましさが胸を襲う。
「ねがいは何にしますか?」
「まぶたを二重にしてください」
「大々的に整形しなくてもいいのですか? 二重にするだけですか?」
「やっぱり憧れるのです、たいして美人度があがらなくても、自己満足でいいのです。愚かな憧れですが、女には譲れないものがあります。それに、同級生に会って整形したと気づかれたりするのはプライドが邪魔をするのです」
「女心というのは複雑ですね」
「はい、超美人になれなくても、1ミリくらい美しくなりたいものです。自己満足でいいのです」
「わかりました、目をつぶってください、するとこの店はあなたの前から消えます。そして、ねがいがかないます」
「ありがとうございます。そして、おいしいずんだをありがとう」
瞳をあけると、手術することなく二重になっていた。既にブスという記憶はなくなっていたので、自分をブスだなんて思わない高飛車な勘違い女になっているなんて1ミリも思わずに今日から街を歩くのだ。ハイヒールを得意げにカツカツ鳴らしながら人ごみを堂々と歩く。まるで、自分が主人公になったかのような気持ちになって。
♢♢♢
「ずんだシェイク、俺氏にギブミー!!」
あまりにも存在感を消していて、いることも忘れていたが、今日も黒羽はここで執筆している。
「ぐひひ……最近、どこかで調べられて俺氏の家の前に女が待ち伏せしてるんで、マジ都市伝説並みに恐怖っす」
黒羽が都市伝説のキャラに見えるのだが、これを待ち伏せしている女がいるとは、口裂け女の類の妖怪なのではないだろうかと思う。
ずんだシェイクを作りながら、アサトさんは先程の女性に言及する。シェイクでも何でもできる材料や機材がそろっているというこの台所は無敵だと思う。不思議な空間だ。
「ブスだと思っている記憶がなくなり、高飛車が災いすることがあったとしても、自己責任ですよね」
こういったことに対して冷静で冷酷とも思えるアサトさんの変わらない感情に少しばかり疑問を感じる。
「女性は美人だという幸せな勘違いを手に入れたんだね」
まひるもドライだ。相手の立場に立ってかわいそうとかそういった感情を見たことがない。だからこそ、この店が続けられるのだろう。いちいち感情的になっていたら身が持たない仕事なのかもしれない。所詮は他人という乾いた気持ちが必須な職業なのかもしれない。
先ほどの女性が黒羽のように外見に無頓着であれば、一重まぶたでこんなに悩むこともなかったであろう。しかし、足して二で割ったくらいがちょうどいいのかもしれない。無頓着すぎる人間と美貌を気にする人間。
【ジャックと豆の木のずんだもち】
ずんだもち(枝豆、砂糖、もち)
(隠し味)練乳
「アサトさんは今日来るお客様がわかるのですか?」
「知ったうえで招いているのですから、偶然ではなく必然です」
「アサトおにいちゃんってすごい予知能力を持っているよね。心がよめるっていうかさ」
まひるが笑いながらすごいことを当たり前のように言う。
ヨルトから聞いていたから、心が読めるということや予知能力を知っていた。でも、アサトさんは心を読んでしまったら、ヨルトのことがばれるんじゃ? 少々心配になった。
「アサトさんはいつでも私の心を読むことができるのですか?」
さりげなく聞いてみる。
「いえ、私は困っている日本人の心をキャッチしてその人の未来を見るので、誰の心でも読んでいるわけではありません」
「読まれたら困ることがあるの?」
まひるが聞いてくる。まずいな、核心をつかれている。
「困ることなんてないけれど……まひるちゃんは能力持っているの?」
「あたしはまだ子供だからそんなに能力は開花してないけどね、時を動かす力は持っているよ。だって、虹色ドリンクはまひるが作っているんだよ」
「え……そうなの?」
「まひるは能力が高いので、過去や未来に移動させる力があります。虹色ドリンクを作ることができるのはまひるだけなんですよ」
この小さい子ども、あなどれない。じっと警戒しながらまひるをみつめてしまった。
♢♢♢
カランカランとドアの鈴が鳴る。美しい建物とインテリアの素敵なレストラン。あるようでない、はじめて入るレストランという感じだ。テレビなどでは見た事がある豪華さがちりばめられたレストランだ。名前は清野かおる。
「もしもが体験できる虹色ドリンクって本当にあるんですか?」
変なことを聞いているようで、少し遠慮がちに聞いてみる。
「体験したいことがあるのですか?」
「未来を見たいのですが、見たい時間は指定できますか?」
「好きな時間に行けますが、本当にずっとその時間にとどまることはできません。そのかわり、ここへ戻ったらねがいをひとつかなえることが可能です」
「未来を見るだけでいいんです。個人的なことなのですが、ちょっと迷っていて……」
「なんでも100円ですよ、こちらのスイーツなんていかがですか?」
「ジャックと豆の木のずんだもち? 私、ずんだはこどものころに食べたことがあるんですよね。甘い味わいが懐かしいなぁ」
「ずんだってご当地グルメなんですか? 私、ずんだって知らないです」
女子高生店員が無知ぶりを発揮する。
店員の一人にも関わらず、ずんだを知らないとは、無知だな。緑の食物という程度にしかずんだを知らない女は美容と食に気を遣わなくても異性にモテる人生なのだろう。それなりの美しさ、客の女性にはほしくても手に入らない産物だ。
「みどりのあんこもちみたいなものですが、これは枝豆にをすりつぶして甘みをつけたものなんですよ。ずんだシェイクなんかもあるそうですよ」
店員のリーダー的な美しい男が説明している。古代ギリシャの石像にいそうな顔立ちで、この男は普通以上の美貌を生まれながらにして持っているのだろう。正反対の位置にいる人間だ。
「すっごくおいしいんですよ。なんで全国スイーツにならないのかなって思っちゃうくらい。成分が美容にもいいのですよ」
ひがみの心を打ち消すべく、ずんだについて熱く熱弁していた。
「大豆は畑の肉と言われ、タンパク質、ビタミン、カルシウム、マグネシウム、カリウム、鉄などが豊富で、枝豆のヘルシーパワー!! が詰まっていますよ」
リーダー店員は知識が豊富だ。この人も努力型美貌の持ち主? いや、そんなはずはない。美しさというものは残酷だ。努力なく生まれ持った顔立ちが影響するのだ。無頓着でも美男美女の人はこの世の中にいるのだ。
完成して間もないやわらかな餅を差し出した。本物の餅はあっという間に堅くなると聞く。これを放置していればすぐ堅くおいしくなくなるのだろう。
「お早めにお召し上がりください。もちは劣化が激しいので、おいしい時間はわずかです。ずんだもちの隠し味は練乳です」
皿に盛られたずんだもちはえもいわれぬ色の鮮やかさを放っていた。
「いただきます。ここのずんだはきらきらしていてまるで緑の草原みたい」
目の前のずんだもちの表現があまりにも壮大で見ていたバイト女子が少し面食らった顔をしたが、ずんだもちをずっと見ていたら、本当に緑の芝生が広がる様が見えてきたように思ったのだから間違ったことはいっていない。
今まで食べたずんだもちとは違うはじめての味わいだった。初めての出会いは初めての感覚を私にもたらす。柔らかいもちと甘いずんだのハーモニーが融合する。その様はまるで音楽を奏でるように口の中でメロディーを奏でる。食べ物を食べて音楽が聞こえる。そんな感覚はこのずんだもちがはじめてかもしれない。
「ジャックと豆の木のお話を知っていますか?」
「童話ですよね。たしかまめをまいたら天にも届くくらい伸びて巨人の家に行ってお金持ちになるという話ですよね」
「何事も勇気をもって踏み出さないとなにも変わらないということを表したいいお話だと思いますよ」
ぎゅっと握った手に力を入れ、思いつめたようにひとこと切り出す。
「みらいのもしも体験させてください、虹色ドリンクっていうのでしょうか、書いてありましたよね」
「未来を体験することは可能ですよ、しかし、記憶の一部が代償となります」
「記憶ならば、私がモテないブスだという記憶をあげます」
「記憶いただきます、虹色ドリンク1杯はいりました~」
小学生女子の声が響く。
虹色ドリンクがすぐにできて、怖がることもなくあっという間に飲み干してしまった。まさに一気飲みだった。きっと新しい自分に出会いたいのかもしれない。
清野かおるは、ブスということがずっとコンプレックスだった。少しくらい顔をいじってきれいになりたいと願う。人は親からもらった顔に傷をつけるのはよくないと言う。でも、気に入らない顔だったら? その顔で損ばかりして恋愛もできなかったら? 大幅に変えようとは思っていない。私生活があるわけで、免許証の顔と全然違えば問題も起きる。職場の人との兼ね合いもある。だから、ちょっとだけ顔を変えたいと思っていた。
あれ、この感じなんだろう? 心地いいな……と思いながら眠ってしまったような気がしたが、気が付くと、日付は未来だった。本当に夢みたいだけれど、現実感があった。あのドリンクの効果はすごいと驚きを隠せない。
鏡を見ると少しばかり顔が変わっていた。驚いたのは、別人とわからない程度にしたこともあり、絶世の美人にはなっていなかったのだ。瞳を二重にして目を少しばかり大きくしても、美しくなったとはいいがたい。手術の後は、一重から二重にするだけでも結構腫れがあったりコンタクトが入れられなかったり面倒なこともあると聞く。少しは以前より美しくなったかもしれない顔で街を歩く。
ナンパされることもないし、新しい出会いもない。何も変わらない日常があった。それでも満たされる何かが心の中に溢れていることを私は感じていた。ショーウィンドウにうつった少しばかり大きくなった瞳を誇らしげに大きく開いてみる。
他人がどう思うかではなく自分がどう思うかを私は一番大事にしたい。そう思った。大々的に顔を変えてみるこにも憧れるけれど、今ある顔に少しプラスしたい。失敗するというリスクもあるかもしれない。でも、変わってみたい。そんなささやかな乙女の願いがここにあった。親に何と言われようと友人に何か言われようと二重にしてみたい。ねがいが決まった。おんなの賞味期限は餅と同じで劣化も早い。だからこそ、今やらなければ一生後悔すると思ったのだ。
何もかわらない日常を体験したかおるは、いつのまにか店内に戻っていた。店員たちはきっと顔立ちで悩んだことはないのだろう。そんなうらやましさが胸を襲う。
「ねがいは何にしますか?」
「まぶたを二重にしてください」
「大々的に整形しなくてもいいのですか? 二重にするだけですか?」
「やっぱり憧れるのです、たいして美人度があがらなくても、自己満足でいいのです。愚かな憧れですが、女には譲れないものがあります。それに、同級生に会って整形したと気づかれたりするのはプライドが邪魔をするのです」
「女心というのは複雑ですね」
「はい、超美人になれなくても、1ミリくらい美しくなりたいものです。自己満足でいいのです」
「わかりました、目をつぶってください、するとこの店はあなたの前から消えます。そして、ねがいがかないます」
「ありがとうございます。そして、おいしいずんだをありがとう」
瞳をあけると、手術することなく二重になっていた。既にブスという記憶はなくなっていたので、自分をブスだなんて思わない高飛車な勘違い女になっているなんて1ミリも思わずに今日から街を歩くのだ。ハイヒールを得意げにカツカツ鳴らしながら人ごみを堂々と歩く。まるで、自分が主人公になったかのような気持ちになって。
♢♢♢
「ずんだシェイク、俺氏にギブミー!!」
あまりにも存在感を消していて、いることも忘れていたが、今日も黒羽はここで執筆している。
「ぐひひ……最近、どこかで調べられて俺氏の家の前に女が待ち伏せしてるんで、マジ都市伝説並みに恐怖っす」
黒羽が都市伝説のキャラに見えるのだが、これを待ち伏せしている女がいるとは、口裂け女の類の妖怪なのではないだろうかと思う。
ずんだシェイクを作りながら、アサトさんは先程の女性に言及する。シェイクでも何でもできる材料や機材がそろっているというこの台所は無敵だと思う。不思議な空間だ。
「ブスだと思っている記憶がなくなり、高飛車が災いすることがあったとしても、自己責任ですよね」
こういったことに対して冷静で冷酷とも思えるアサトさんの変わらない感情に少しばかり疑問を感じる。
「女性は美人だという幸せな勘違いを手に入れたんだね」
まひるもドライだ。相手の立場に立ってかわいそうとかそういった感情を見たことがない。だからこそ、この店が続けられるのだろう。いちいち感情的になっていたら身が持たない仕事なのかもしれない。所詮は他人という乾いた気持ちが必須な職業なのかもしれない。
先ほどの女性が黒羽のように外見に無頓着であれば、一重まぶたでこんなに悩むこともなかったであろう。しかし、足して二で割ったくらいがちょうどいいのかもしれない。無頓着すぎる人間と美貌を気にする人間。
【ジャックと豆の木のずんだもち】
ずんだもち(枝豆、砂糖、もち)
(隠し味)練乳