才能はお金では買えないけれど、喫茶店幻想堂に行けば、買うことができる。嘘のような本当の話だ。

「才能ください」
 色白の女子高校生が幻想堂にやってきた。制服は時羽と同じ高校のデザインなので、他のクラスの生徒だろうか。はじめてみる女子だった。しかし、この女子生徒、前髪が長く、目が見えない。一見、幽霊なのではないかという色白さで不健康そうなやせ型だ。きっと暗闇に立っていたら、幽霊だと勘違いして逃げ出す人が複数人いるだろうと予想ができる。

 最近同級生の雪月はすっかり常連になり、宿題をしながら店に居座ることが多い。コーヒーを飲み終わってもしばらく店の一番奥の席で読書をしていることが多い。店の片隅にいても、席が空いていないというほど混みあうことはないので、迷惑がかかることもない。雪月と時羽の距離はここ最近自然と近い。
 
 時羽は申し訳なさそうに、雪月と距離を取ろうと試みるが、雪月が距離をちぢめる。まるで昔からの友達みたいな感じだった。気を遣うこともなく接する関係。これは、雪月の壁を作らない「ぐいぐい行く性格」のせいなのかもしれない。距離を作らない人間関係の構築は雪月の得意分野だ。つまり時羽とは真逆なタイプだからこそ成せる技なのだろう。

 時羽は人間関係を構築しないように得意のバリアで人を寄せ付けない。でも、雪月にだけは時羽バリアは効果がないらしい。

 ちらりと客の様子を見たりはするが、雪月は素知らぬ顔をして宿題をこなす。彼女がいると心を見る力を活かして解決することもできるので、いてもらって困ることもない。

「才能は売ることは可能ですが、その大きさによって寿命の年数は変わります」
 時羽はビジネスモードになり、幽霊のような見た目の女子高生に説明をする。

「私、小説を書いているんです」
 蚊の鳴くような声、という表現が似合いそうな小さな声だ。

「小説家ですか」
「小説家になりたいけれど、ただの素人です。一次選考突破したこともありません。でも、雑誌でもフリーペーパーでもいいんです。自分の文章が文字として紙に掲載されたいんです」

「じゃあ、同人誌とかはいかがですか? 今は自分が書いたものを個人出版できるサービスもあるそうですよ」

「でも、誰かに認められてみたいんです。たとえば、川柳とか雑誌の片隅に何か自分の書いた言葉が載るだけでもいいんです」

「じゃあ挑戦してみたらいいのでは? 今はウェブでブログや小説を公開できる時代ですし。電子書籍を作ることもできるんですよね?」

「やっぱり紙がいいんです」

「そういうものですかね。今はペーパーレス化、IT化が進んでいるにもかかわらず、小説を書いている人は紙の書籍になることを望むものなんですね」

「今まで、雑誌のひとことコーナーとかポエムや川柳、そして小説などのコンテストに出したことはあります。しかし、全部落ちました。才能がないのです」

 うつむく女子生徒はさらに暗い表情になったように思う。実際目が前髪に隠れて見えないのでなんとも言えないが、彼女は拳をにぎりしめる。

「女子高生ならば、モデルになりたいとか動画サイトの有名人になりたいっていう人も結構いますけどね」

「私、外見に自信はありませんが、外見を変えたいとか人前に出て目立ちたいとは思わないんです。自分の書いた文章で勝負したいんです」

「あなたの話を聞いていると、大物小説家になりたいとかベストセラーをねがっているわけではなさそうですね」

「はい、自分に自信を持ってみたいんです」

「将来の夢は小説家とか?」

「そこまでは考えていません。今、自分に何か自信を持ってみたいんです。それが文章だったんです」

 少し考えて時羽は言葉を選んで話した。

「普通、寿命を取り引きするなんてありえないし、才能を買うことなんてできないという固定概念が人間にはありますよね。でも、あなたは実際に寿命とひきかえに才能を手に入れようとしています。この店では、寿命を譲渡する人もいます。小説など何かを作り出す人には固定観念という概念を取っ払う力が必要で、その意外性と描けることが才能だと思うんですよ。あなたはまだ若いし、脳が柔らかいと思うんです」

 時羽の説得じみた言葉を一生懸命うなずきながら女子高生は話を聞いていた。

「つまり、何を言いたいかというと……創作の才能があなたにはあると思うのです」

 時羽の言葉に女子高生は固まってしまった。まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかったらしい。今までそんなことを言われたこともない。

「ちょっとした公募に入賞できるようにするならば、1日の寿命で結構ですよ」
「それだけでいいんですか?」
「大きな文学賞となるともっと必要になりますが、どうしますか?」
「1日分の寿命を取り引きします。その代わりちょっとした文章の才能をください」

 先ほどまで顔色も悪く幽霊のような顔をしていた女子高生が生き生きしてきたことに時羽は少し微笑んだ。しかし、時羽の微笑みは目つきが怖いが故、あまり優しく見えないので、女子高生は少しおびえた顔をする。それに気づくと、時羽は得意のバリアで保身に走る。人に嫌われたら、人の気持ちを受け取らないようにわざと壁を作るのが彼の流儀だ。

 契約書とコーヒーを差し出す。女子高生は用紙に名前を慎重に書き込む。そして、コーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れたものを少しずつ飲む。

「私、コーヒーって苦いから苦手なんです。でも、このコーヒーは苦くない」
「飲む人の嗜好や味覚に合わせて味が変わるので、苦くないのですよ」

 女子高生は不思議な顔をして、時羽の顔を見つめた。営業スマイルの時羽はスキのない笑顔だ。
「今日のおすすめはシフォンケーキがあるのですが、いかがですか? 添えられた生クリームが絶品なんです。生クリームがあるのとないとでは雲泥の差、味も本当に違いますよ。少しの違いでもあるのとないのでは別物です」
「私は生クリームみたいに添えられた脇役でいいんです」
「生クリームは枠役と見せかけた主役ですよ」

 ♢♢♢

「あったー」
 フリーペーパー主催の地元の川柳コンテストの最優秀賞に選ばれた女子高生は、進路選択の渦中にいた。小さなコンテストで川柳の最優秀賞を取ったから大学推薦に有利になるわけでもないが、文芸部の彼女にとっては大きな自信につながった。そして、それは文学部に進路を決定するきっかけとなった。

 彼女の夢は小説家やライターのような執筆業ではなく、国語の先生になることだった。大学で読み聞かせのサークルに入り、子供たちのために活動をしていると、将来の伴侶となる男性と活動を通じて知り合う。子供好きな優しい男性だった。

 ちょっとしたきっかけが何かを生み出す。そして、未来が拓くきっかけになる。幻想堂はそんなきっかけを与える仕事をしているのかもしれない。

 ♢♢♢

「私、夢ってないんだよね。でも、最近そんなこと考えなくても自分の未来はないと思うとある意味気楽なんだ」
 雪月が時羽に胸が痛くなりそうな話をする。

「どういう思考だよ。ちゃんと人間らしく自分を大切にしろ。身近に余命が短い人間がいると俺の心が痛いからさ」
「もしかして、私のために心を痛めてくれているの?」
「と―ぜんだ」
「時羽君の心に入り込んだみたいでちょっと嬉しいかも」
「俺は人として当たり前のことを感じているだけだって」
「だって、時羽君の映像は一般の人と違うから。人として当たり前じゃない映像が多いし」
「どーいう意味だよ」
「人間失格みたいな?」
「人間合格だ」
「時羽君は、私とならば、コミュニケーション取れるようになったよね。成長成長」

 時羽ははっと気づく。たしかに、雪月とならばコミュニケーション取れるようになっているということに気づく。そして、その相手が3年後にはこの世にいない事実にどうにもならないもどかしさとせつなさが襲う。