いよいよ子ども食堂本番間近だ。そのためにナナと樹、サイコは準備を進めてきた。樹は主に商店街から見切り品になる野菜などの食材を安く仕入れることに尽力した。簡単に言えば食料調達の交渉役だ。

 サイコはホームページやSNSでの宣伝を担当する。ナナと言えば、特別な役割はなかったが、当日に向けて色々な準備を手伝っていた。目に見えない雑用担当だ。仕入れた肉などの食材を小分けにして冷凍保存したり、味付けのたれを作ることもナナの仕事だった。分量を間違えないようにソースを作る。以前より台所に立つ時間が増え、自然と料理を苦痛に感じなくなっていた。それは自分のためにも将来のためにもプラスになる経験だった。

 全体的な監督はエイトだ。主なレシピはエイトと樹が担当していた。カレーなのでチーム半妖にはなじみ深いレシピだった。家庭の味を提供したいという気持ちがあり、いつもの味に甘みをくわえる。子供にも辛くない味付けだ。今のところ、定員よりも下回ったが4人ほどの申し込みがあった。周知されていないこともあるだろうし、どういうものかわからないから、参加はやめておこうというような人もいたのかもしれない。

 申し込みの名簿を見る。中学生の緑屋彩太君、清野咲ちゃん。小学生で親が忙しい青野空君と塾通いで忙しい山野辺秀才君。今のところまだ4人かぁ。

「すみません。高校生もこども扱いでいいでしょうか?」
 見知らぬ高校生が定食屋ののれんをくぐる。

「大丈夫ですよ。まだ定員は空いています」
 にこやかにナナは接客する。

「実は私、小学生の妹と一緒に参加しようと思って、SNSで見つけて直接来てしまいました」

「まだ定員は空いております」
「ウチのメッセージを見てくれたんだ」
 サイコはにこやかだ。誰もが見ることができる情報を今は個人がウェブ上に投げることができる。それは危険と隣り合わせではあるが、情報や個人の作品、意見などを発表できるいい場所となっている。誰が見るかもわからないけれど、だからこそこういっためぐりあわせも訪れる。

「ここに名前と電話番号を書いてください」
 女子高校生の名前は「織原みく」というらしい。そして、妹の名前は「ゆい」。スマホの番号を流暢に書き出す。流れるような文字の形だ。

「こども食堂って貧しいとか何か理由がないとダメとかあるの?」
 女子高生は申し訳なさそうに聞いてきた。

「大丈夫です。理由は問いません。無料で提供しております」
「ここってエイト先生の食堂だよね?」
「そうですが、ファンの方ですか?」
「妹がファンでね。私もまぁファンと言えばファンだけどね」

 美人な女子高生がファンとはエイトも隅に置けない。やっぱり客観的に見るとイケメンだということだろうか。もちろん世の中の人が言うイケメンという基準をナナはわかってはいるつもりだ。でも、距離が近すぎてそういった目で見ることは避けていたというのもあるのかもしれない。顔立ちが整っているということは認めよう。そんなことを勝手に思う。

「みくじゃねーか」
 エイトがにこやかに懐かしそうに話しかける。

「久しぶりだな。エイト」
 みくの口調は男勝りだ。年下なのに対等な話し方をする。

「娘ができたっていう話を聞いたんだけど、もしかしてこの子?」
「まあな。俺の大事な娘だよ」

 大事な娘という言葉にナナは反応してしまう。気恥ずかしいにもほどがあると思うが、エイトはそういったことを自慢げに語る。そして、同時に大事な娘という言葉に反応したのがみくだった。

「みくさんは、エイトとお知合いですか?」

「幼馴染というか、腐れ縁みたいな感じだよ。私とは5つ歳が離れているけれど、小さい時はよく遊んだんだよね」

「こいつ幼馴染なんだよな」
 うなずくエイト。

「エイトは結局独身なんだ?」
 みくは身を乗り出す。
「まぁそうだな。結婚しようと思った相手の子どもと住んではいるが、未婚の独身だ」

 直感だった。この男っぽい口調は照れを隠すため。気持ちを悟られないためにあえてなのかもしれない。みくはエイトが好きなのだろう。だから、いちいち些細な言葉に反応するし、それを隠そうとしている。子どもの時はきっと男言葉で遊んでいたのかもしれない。今は見た目がかわいらしい女性らしい雰囲気だけれども、エイトとのかわらぬつながりを言葉づかいで表していたいのかもしれない。

 エイトは元々はここに住んでいたわけではない。だから、少し遠いこの店までみくはやってきた。でも、18歳の女子高校生とならば5歳差だ。エイトと恋人になってもおかしくない。でも、エイトに恋人ができるとナナの立場は危ういものとなる。子供でもなく居候というだけでここにとどまれないとは思っている。

「子ども食堂、妹と申し込んだから」
「久しぶりだな。大きくなったじゃねーか」

 ナナは感じる。みくがここへ来るまでに何度鏡を見て、髪を整えて、薄化粧を施して、ほんのり桜色のリップを塗ったのか。女心はそういうものだ。ばっちり完璧な髪型は直前に鏡でチェックしてきたのだろう。でも、幼馴染みという関係を抜け出すというのは生半可なことじゃない。そして、一言が関係を破壊するかもしれない。諸刃の刃だ。だから、本気であればあるほど本当の気持ちを言うことは自滅を意味する。きっとみくは告白することはないのだろう。その代わり、ちょくちょく顔を出してエイトにちょっかいをかけるタイミングを狙っているのだろう。一目会えればそれでいい。そういうことだろう。長い付き合いになりそうな女子高校生の登場に少しばかり警戒するが、きっと仲良くなれるだろう。そう自分に言い聞かせ、ナナは準備をする。

 エイトの笑顔が誰かに独占されませんように。保護者であるエイトへの勝手な願いをナナは無意識に心に秘めていた。