結局この世は過程よりも結果を重視する。
確かに、学業面の成績に関するものには、授業態度などの過程も目を向けられることはあれど、受験では結局結果が全てだし。大人となれば、仕事で一つ例にあげるなら、プロジェクトの準備期間よりプロジェクトの発表や出来が重視されるだろう。
結局目に見えるものが全てなのに変わりはないのだ。
そして、学生で『結果が全てだ』という考えに一番行きつく機会は大会だろう。というか、大会ほど結果が全てというものもないと思う。いくら血のにじむような練習の日々を繰り返したって、大会でその結果を出さなければそれで終了だ。頑張ったからおまけしてあげる、という慈悲など存在しない。
そう、私が高校一年の時の大会が、次大会に進めない金賞だったように。
沢山練習した。先輩達よりも朝早く学校に行って、放課後も先輩達より後に帰って、毎日部活でも家でも筋トレをして、走り込みをして、友達と遊ぶのだって我慢して、親との旅行も我慢して。沢山のものを捨てて我慢した。
けど、そんなの関係ない。それでも足りない。大会で良い演奏ができたかどうか。それだけが全てだ。
正直、ダメ金なのだろうな、というのはうっすらと察していた。練習の時からそんな予感がしていたのだから。
誰にも言えない思いだったけれど。言った際には、それはもう恐ろしい目に遭うだろうから。
部員数は大会に参加する人数の規定より少なく、互いに競い合うことも無く全員が参加できた。テレビに出るような強豪校みたいに、楽器ごとのオーディションなんて存在しない。例え実力が少々劣っていようと、誰だって大会に出られたのだ。
私は二年生の先輩と同じ2ndパートを担当した。因みに、彩羽は3rdパートを二年の先輩と組んでいた。三年の先輩は実力が高く、独りで1stを受け持った。
ここで申し訳ない話になるが、二年生の先輩達の実力は、その少々劣っている分類にされる方々だったのだ。私は、中学生時代の部活が頭に過った。また、面倒くさいことになりそうだと悟った。
合奏の時間、先輩と息が合わずにミスを連発していたら、顧問が小さくため息を吐いて、ドアの向こうを指さした。
「トランペット2nd、二人で合うまで戻ってこなくていいよ」
先生からの追放宣言に、正直深いため息を吐きたくなった。先輩と同時に返事をし、椅子から立ち上がり、必要な道具を手に取って教室から出る。その際にすれ違った彩羽は私に同情の目を向けていたのを覚えている。
開いている教室を見つけ、さあ練習を開始しようと思った矢先、先輩は悔しそうにぼろぼろと涙をこぼしていた。
正直、引いた。ていうか「泣いている暇があったら練習しろや」「後輩を放って部活時に泣くなや」とすら思った。
けれど、私は後輩だ。吹奏楽部は、上下関係の厳しい、変に体育会系の思考が入っている面倒くさい部活。変に先輩を慰めて先輩のプライドを傷つけても嫌だし面倒だ。中学時代の先輩泣かしの異名が頭に過る。余計な思考を必死に振り払って、「私は見ていませんよ」「先輩の好きなようにしていいですよ」アピールをして、先輩が泣き止むまで一人で練習をしていた。
先輩の気持ちが落ち着いただろうタイミングで立ち上がり、あくまで自分が下手だと思わせるように、先輩の気持ちを持ち上げて必死によいしょをした。中学と比べたら素晴らしいほどの成長である。
「今回の大会の結果は妥当だと思ったよ」
昼休みの自主練習の時、彩羽が完全に練習を辞めた姿勢で口にした。足を組んで頬杖をついて、私の方を見ている。どこか、賛同しろ、という圧のような感情が読み取れた。
そんな圧をかけなくても、私の考えも同じだった。こくり、と頷いてみれば「だよねえ」と深い溜息を吐いて腕を天井に向けて、体をぐっと伸ばした。
己の実力や才能不足を痛感し、敗北という二文字を私に教えた彩羽。結果論だけ先に述べてしまえば、私達は敵対視することもなかった。というか、私が悟らせなかった。
だって恥ずかしいだろう。勝手に自分が思い上がっていただけなのに、本物を見て負けたと思ったなんて。勝って見返してやろうとも思えなかったし。
そんな資格もないし、なんなら比べるのも烏滸がましいとすら思っていた。
何なら敵意とはその逆で、尊敬、好意でさえ抱いていた。今まで存在しなかった強者に出会い、私はトランペットに心を奪われた時と同じような高揚感を覚えたのだ。
「ていうか、だから先輩達も辞めたんだろ」
「それな」
今度は私が意見を口にすれば、彩羽が私の方を指さしてきて言う。
大会が終われば、三年生の部活の引退につながる。その三年の先輩が引退するとほぼ同じタイミングで、トランペットとトロンボーンの二年生全員が部活を辞めると宣言した。
私と彩羽を含め、トロンボーンパートの同級生たちも全員開いた口がふさがらなかった。
先輩が言うには「学業に専念したいから」ということらしいが、もっともらしい理由以外にも引退の原因があることくらい、私ですら分かっていた。
「先輩たち私達の事嫌っていたもんな」
態度はあからさまだったし。彩羽と二人で練習しようとパート練習で使う教室に向かうとき、扉越しで先輩たちが私達の愚痴を話しているのも聞いちゃったのだ。先輩からすれば生意気な後輩だったのかもしれないし、もしかしたらいがみだったのか分からないが、後輩を好いていない先輩に好感を持てるほど、私達はまだ大人ではなかった。その時は二人で顔を見合わせて、こっそりとその場から逃げ去ったのだけれど。
二人でけらけらとから笑いを浮かべているが、彩羽の表情は暗く、彼女の瞳はどこか曇りかかっているように見えた。きっと、私も彼女の鏡写しのような表情をしているのだろう。二人で顔を見合わせている時間が、なんだか寂しくて切ない気持ちにさせた。
先輩に嫌われていた、なんてどうでも良い。そう言い切れたら良かったのだが、本当はちゃんと後輩の私達を可愛がってくれたのだと、少し淡い期待もあったのは誤魔化せない。嫌われるのを簡単に受け止められるほど、やっぱり私たちはまだ大人にはなりきれていない。
そして何より……。
「来年の大会は、私達しかいないのか」
「沢山後輩入るかな?」
「無理そー」
「うわ、やめてよ。茉白の直感って割と当たるんだから」
無理に明るい口調で会話していても、脳裏に過るのは不安ばかりだ。
これからのトランペットとトロンボーンは、普通の部活だったら要となる先輩が存在しない。つまり、私達が主旋律を引っ張っていくことになる。そのプレッシャーや不安は、中学の時とはまるで違うもので、未知の存在がずっと背後にべったりとくっついているようで恐ろしく、そして気持ち悪かった。
「お互い頑張ろーね」
「そうだね。でも、彩羽ならきっと大丈夫」
「あはは、茉白が言うなら本当かな?」
きっと大丈夫、絶対大丈夫。お互いに向けて言うのと同時に、自分が安心できるように言い聞かせていた。
だけど、きっと大丈夫で済むほど、この世は甘くないのだ。
確かに、学業面の成績に関するものには、授業態度などの過程も目を向けられることはあれど、受験では結局結果が全てだし。大人となれば、仕事で一つ例にあげるなら、プロジェクトの準備期間よりプロジェクトの発表や出来が重視されるだろう。
結局目に見えるものが全てなのに変わりはないのだ。
そして、学生で『結果が全てだ』という考えに一番行きつく機会は大会だろう。というか、大会ほど結果が全てというものもないと思う。いくら血のにじむような練習の日々を繰り返したって、大会でその結果を出さなければそれで終了だ。頑張ったからおまけしてあげる、という慈悲など存在しない。
そう、私が高校一年の時の大会が、次大会に進めない金賞だったように。
沢山練習した。先輩達よりも朝早く学校に行って、放課後も先輩達より後に帰って、毎日部活でも家でも筋トレをして、走り込みをして、友達と遊ぶのだって我慢して、親との旅行も我慢して。沢山のものを捨てて我慢した。
けど、そんなの関係ない。それでも足りない。大会で良い演奏ができたかどうか。それだけが全てだ。
正直、ダメ金なのだろうな、というのはうっすらと察していた。練習の時からそんな予感がしていたのだから。
誰にも言えない思いだったけれど。言った際には、それはもう恐ろしい目に遭うだろうから。
部員数は大会に参加する人数の規定より少なく、互いに競い合うことも無く全員が参加できた。テレビに出るような強豪校みたいに、楽器ごとのオーディションなんて存在しない。例え実力が少々劣っていようと、誰だって大会に出られたのだ。
私は二年生の先輩と同じ2ndパートを担当した。因みに、彩羽は3rdパートを二年の先輩と組んでいた。三年の先輩は実力が高く、独りで1stを受け持った。
ここで申し訳ない話になるが、二年生の先輩達の実力は、その少々劣っている分類にされる方々だったのだ。私は、中学生時代の部活が頭に過った。また、面倒くさいことになりそうだと悟った。
合奏の時間、先輩と息が合わずにミスを連発していたら、顧問が小さくため息を吐いて、ドアの向こうを指さした。
「トランペット2nd、二人で合うまで戻ってこなくていいよ」
先生からの追放宣言に、正直深いため息を吐きたくなった。先輩と同時に返事をし、椅子から立ち上がり、必要な道具を手に取って教室から出る。その際にすれ違った彩羽は私に同情の目を向けていたのを覚えている。
開いている教室を見つけ、さあ練習を開始しようと思った矢先、先輩は悔しそうにぼろぼろと涙をこぼしていた。
正直、引いた。ていうか「泣いている暇があったら練習しろや」「後輩を放って部活時に泣くなや」とすら思った。
けれど、私は後輩だ。吹奏楽部は、上下関係の厳しい、変に体育会系の思考が入っている面倒くさい部活。変に先輩を慰めて先輩のプライドを傷つけても嫌だし面倒だ。中学時代の先輩泣かしの異名が頭に過る。余計な思考を必死に振り払って、「私は見ていませんよ」「先輩の好きなようにしていいですよ」アピールをして、先輩が泣き止むまで一人で練習をしていた。
先輩の気持ちが落ち着いただろうタイミングで立ち上がり、あくまで自分が下手だと思わせるように、先輩の気持ちを持ち上げて必死によいしょをした。中学と比べたら素晴らしいほどの成長である。
「今回の大会の結果は妥当だと思ったよ」
昼休みの自主練習の時、彩羽が完全に練習を辞めた姿勢で口にした。足を組んで頬杖をついて、私の方を見ている。どこか、賛同しろ、という圧のような感情が読み取れた。
そんな圧をかけなくても、私の考えも同じだった。こくり、と頷いてみれば「だよねえ」と深い溜息を吐いて腕を天井に向けて、体をぐっと伸ばした。
己の実力や才能不足を痛感し、敗北という二文字を私に教えた彩羽。結果論だけ先に述べてしまえば、私達は敵対視することもなかった。というか、私が悟らせなかった。
だって恥ずかしいだろう。勝手に自分が思い上がっていただけなのに、本物を見て負けたと思ったなんて。勝って見返してやろうとも思えなかったし。
そんな資格もないし、なんなら比べるのも烏滸がましいとすら思っていた。
何なら敵意とはその逆で、尊敬、好意でさえ抱いていた。今まで存在しなかった強者に出会い、私はトランペットに心を奪われた時と同じような高揚感を覚えたのだ。
「ていうか、だから先輩達も辞めたんだろ」
「それな」
今度は私が意見を口にすれば、彩羽が私の方を指さしてきて言う。
大会が終われば、三年生の部活の引退につながる。その三年の先輩が引退するとほぼ同じタイミングで、トランペットとトロンボーンの二年生全員が部活を辞めると宣言した。
私と彩羽を含め、トロンボーンパートの同級生たちも全員開いた口がふさがらなかった。
先輩が言うには「学業に専念したいから」ということらしいが、もっともらしい理由以外にも引退の原因があることくらい、私ですら分かっていた。
「先輩たち私達の事嫌っていたもんな」
態度はあからさまだったし。彩羽と二人で練習しようとパート練習で使う教室に向かうとき、扉越しで先輩たちが私達の愚痴を話しているのも聞いちゃったのだ。先輩からすれば生意気な後輩だったのかもしれないし、もしかしたらいがみだったのか分からないが、後輩を好いていない先輩に好感を持てるほど、私達はまだ大人ではなかった。その時は二人で顔を見合わせて、こっそりとその場から逃げ去ったのだけれど。
二人でけらけらとから笑いを浮かべているが、彩羽の表情は暗く、彼女の瞳はどこか曇りかかっているように見えた。きっと、私も彼女の鏡写しのような表情をしているのだろう。二人で顔を見合わせている時間が、なんだか寂しくて切ない気持ちにさせた。
先輩に嫌われていた、なんてどうでも良い。そう言い切れたら良かったのだが、本当はちゃんと後輩の私達を可愛がってくれたのだと、少し淡い期待もあったのは誤魔化せない。嫌われるのを簡単に受け止められるほど、やっぱり私たちはまだ大人にはなりきれていない。
そして何より……。
「来年の大会は、私達しかいないのか」
「沢山後輩入るかな?」
「無理そー」
「うわ、やめてよ。茉白の直感って割と当たるんだから」
無理に明るい口調で会話していても、脳裏に過るのは不安ばかりだ。
これからのトランペットとトロンボーンは、普通の部活だったら要となる先輩が存在しない。つまり、私達が主旋律を引っ張っていくことになる。そのプレッシャーや不安は、中学の時とはまるで違うもので、未知の存在がずっと背後にべったりとくっついているようで恐ろしく、そして気持ち悪かった。
「お互い頑張ろーね」
「そうだね。でも、彩羽ならきっと大丈夫」
「あはは、茉白が言うなら本当かな?」
きっと大丈夫、絶対大丈夫。お互いに向けて言うのと同時に、自分が安心できるように言い聞かせていた。
だけど、きっと大丈夫で済むほど、この世は甘くないのだ。