宮中に戻ると、長い廊下を進む。一度部屋に戻って身支度を整えてから仕事をしなければ。女御たちか内緒話をするように円になり、小声で話している影が御簾に映る。それを横目で見た僕は興味本位から立ち止まってしまった。さて、何のことを話しているのやら。じっと息を潜め全神経を耳に集中させる。すると、息を呑む音と同時にある女のボリュームを間違えた甲高い声が耳朶を打った。

「―――様が今度入内するですって?!」

間違えない、君の名前だった。目の前が墨で塗りたくられたように真っ暗に染まったあと、対比するように頭が真っ白になる。そうか、入内か。

「……はは、天皇様の元に行くのだ。おめでたいことではないか」

祝う気持ちには当然なれない。今にも蹲って泣きたい気持ちを我慢して、部屋へと早歩きで進む。
君は……君は、幻だったんだ。君はきっと天皇の夢に出たのだろう。運命の相手の僕ごときがかないやしない、あのお方の夢で微笑んだのだ。僕の夢に出てきたのは、君ではないんだ。
君は、君は僕のことを愛してはいないんだね。


住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ