「まりあ、それ可愛いね。会いに来た時、よくしてるやつ」
「ふふ。ありがとう、私のお気に入りなんだ」

 それは事故で潰れた車から出てきた、家族からの最後のクリスマスプレゼントだった。
 鏡の前で家族の形見となったネックレスを付けると、イヴは私の肩に乗ってキラキラとした目でトップの飾りを見下ろす。

 胸元に光る小さなティアドロップの宝石は、あの日流した涙のよう。
 見るのも辛かったネックレスをこうして身に付けられるようになったのも、イヴのお陰だ。

「ふうん? わたしも『お気に入り』のキラキラ欲しいなぁ」
「うーん……イヴのサイズのは流石に見たことないかも……お人形さん用のとか探せばあるのかな?」
「んん、お人形さんのはやだ~」
「どうして?」
「わたし、すぐ壊しちゃいそう……」
「確かに……」

 彼女は小さくて、良く動く。そしてしょっちゅうドジをする。細いチェーンなんて首につけようものなら、長い髪に絡んで千切れてしまうか、最悪首が絞まってしまいそうだ。

 他に何か、キラキラしたいい物はないだろうか。
 そこまで考えて、ふと気付く。そういえば、毎年クリスマスを共に過ごしているのに、私はイヴにクリスマスプレゼントを贈ったことがなかった。

 家族を失ってから、無意識に心の奥底に閉じ込めていたのだろうか。
 あれだけ家族とは毎年プレゼント交換をしていたのに、誰かに何かを贈ろうという発想自体なかったのである。

「よし……イヴ、待っててね!」
「……?」

 こうして私は、彼女にぴったりのプレゼントを探すことに決めた。
 毎年、イヴが来てからはずっと家に引きこもり傍に居たのに、プレゼント探しを始めてからは、彼女を一人留守番をさせることも増えた。

「……まりあ、今日もお出かけ?」
「うん、暗くなるまでには戻るから、イヴは好きに過ごしてていいよ。本もきちんと整理したし、おやつもあるからね」
「……わかった、いい子でお留守番するね。いってらっしゃい、まりあ」
「いってきます!」

 何としても、クリスマスまでに良い物を見付けなくは。
 家で待つイヴの喜ぶ顔を想像するだけで、久しぶりのプレゼント選びは悲しい思い出に覆われることなく、ただ楽しく感じられた。


*******


 そして、クリスマス当日はあっという間にやって来た。
 近頃留守にしがちだったけれど、ようやく目当ての物を手に入れたお陰で、今日は一日彼女と一緒に過ごせる。

「ねえ、イヴ。ちょっと来て」
「なぁに?」

 手招きすると素直に飛んでやって来たイヴを、鏡の前に座らせる。
 不思議そうに振り向く彼女に前を向かせて、私は人差し指で彼女の長くて綺麗な髪に触れた。
 淡い色味のその髪は柔らかい。私は小さな頭を軽く撫でた後、白い箱から取り出したピアスを簪のように使い、彼女の髪の一部をくるりと纏める。

「えっ!? まりあ、これって……」
「ネックレスじゃなくてごめんね?」
「ううん……嬉しい! わたし、これがいい!」
「ふふ、気に入ってくれてよかった」

 彼女の髪の上に揺れるのは、私のネックレスとお揃いの形。光を反射するティアドロップの宝石だ。
 涙の雫に似たそれは、今は悲しみよりも、お揃いの嬉しさでキラキラと輝いている。

「もしかして、これを買うから、わたしいつもお留守番だった……?」
「うん、ごめんね……寂しがらせちゃったよね」
「……うん、ちょっとだけ」

 鏡を夢中で見ていた彼女の、僅かに俯いたその表情に、今更気付く。
 クリスマスプレゼントの買い出しのために一人留守番、なんて、私が心に傷を負ったのと同じことを、彼女にしてしまったのだ。

 けれど私が慌ててフォローしようとすると、彼女はいつものように微笑んで、私を振り向き顔を上げた。

「えへへ、お気に入り! ありがとう、まりあ!」
「……私の方こそ、いつもありがとう、イヴ。メリークリスマス」
「メリークリスマス!」

 その日はケーキに御馳走に、クリスマスを目一杯満喫したけれど、あの頃のように悲しみが心に影を落とすことはなく、最後まで楽しい時間だった。

 たくさん笑って、たくさんはしゃいで、疲れ切ってベッドに沈む。こんなに楽しい夜は、いつぶりだろう。

 枕元で一緒に寝転ぶイヴは、簪代わりのピアスをとても気に入ったようで、寝辛いだろうに付けたまま外さない。

「……ねえ、まりあ」
「なぁに、イヴ」
「わたし……明日帰るね」
「え……?」

 いつも気付くと消えてしまうイヴが、そんな風に別れを口にするのは初めてだった。

 毎年初雪の頃にやって来て、年を越す前には消えてしまう、束の間の冬の逢瀬。
 初めて会ったあの日、彼女は私の涙を見付けて、孤独に寄り添ってくれた。毎年どうしても悲しみを思い出すこの季節に、欠かさず会いに来てくれた。

 けれど、悲しみに暮れずにクリスマスを過ごし、心の傷を乗り越えて生きられるようになった私の元には、もう二度と、現れないのかもしれない。

 そんな嫌な予感が胸の内に広がるけれど、口にすると現実になってしまいそうで、私は何も言えなかった。

「そっか……」
「うん……おやすみ、まりあ」
「……おやすみ、イヴ」

 結局別れの言葉も告げられないまま、いつも通り眠りに就く。
 そして翌朝には、あの言葉通り、彼女の姿はどのにもなかった。

 私の元に残ったのは、白い箱の中で涙のように煌めく、彼女の髪に付けたピアスの片割れだけだった。


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