暑さでぼうっとする中、考え事をしながら歩みを進める。

 数件の親せき宅でお世話になってきたが、ここもすぐに出ていくはめになるのだろうか。どこに行っても迷惑になるのは変りなかったが、幸いにも直接手を出すような虐待をされはしなかった。

 けれど悪意に満ちた言葉や態度は、心を傷つける。負担をかけておいて被害者になるつもりはないが、それはあまりにも辛かった

 私のせいで、もともとは仲のよかった家族がどこかギスギスしていく様に、心苦しさが増していく。着替えや入浴など、お互いに気を遣う場面は多く、預け先の家族には相当なストレスを与えていたに違いない。

 それはここでも変わらないだろう。極力存在感を消して、言われたことに従順になっているしかない。

 期待なんて、微塵も抱けない。せめて、相手の苦痛が最小限になるように願う。

 そうしてようやくたどり着いた私にかけられたのが、先の芳子と勝吾の言葉だった。

「うちにはお義母さんもいるから、あなたにもいろいろと手伝ってもらうわよ」
「はい。よろしくお願いします」

 叔母夫婦には、大学一年生の息子・昭人(あきと)と、私と同じ高校二年生の娘・公佳(きみか)のふたりの子どもがいる。公佳と私は、同学年だ。
 それから、家長である勝吾の母も同居している。歳の大きい彼女は要介護状態にあり、世話は芳子がひとりでしているそうだ。

 この辺りでは、自身の親を施設に預けるなど親不孝だという考えが根強く残っている。どれほど大変でも、ショートステイのような短時間の利用ですら白い目で見られるため、梶原家もいっさいの行政サービスを受けていない。

 白髪交じりの髪はパサつき、くたびれた様子の芳子を見れば、その大変さは想像に容易い。

 到着して早々、荷物の片づけも終わらないうちに芳子に呼ばれて台所へ向かった。

「料理はできるって聞いてるわ。これから夕飯の用意をするから、手伝ってちょうだい」
「はい」

 生前の母と、料理やお菓子作りを頻繁に楽しんでいた。おかげで、それなりに作れるようになったが、ここの人たちの口に合うかは不安だ。
 幸い、今日はそのまま芳子も一緒に作るようだ。ほっとしながら、彼女の指示するように手を動かし続けた。

 田舎のならではなのか、それとも食欲旺盛な男性がいるからなのか、食卓に並ぶ料理は量も種類も多い。
 芳子が声をかけると、個別で食事をとったおばあちゃん以外のメンバーが居間に集まってきた。

 昭人と公佳は、私をよく思っていないのだろう。初めて顔を合わせたが、ふたりとも煩わしそうな顔をしたまま、いっさい目を合わそうとしない。

「芳子の親戚筋の娘だ。今日から我が家で預かることになった」
「早坂綾目と申します。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる私に、昭人はとくに反応はなく、公佳はフンと不機嫌に鼻を鳴らした。