住民の多くが農業に従事しているらしく、見渡す限り田畑が広がっている。それを眺めながら雑木林に沿って歩いていたそのとき、うっそうと生い茂るその先に、奥に続く石畳の存在に気がついた。

 気まぐれな好奇心がくすぐられる。日影がほとんどなく、直射日光にさらされて火照った体を休ませたいのもあり、寄り道をしようと決めた。

 それほど訪れる人がいないのか、ずいぶんと荒れている。石畳がなければ、この先になにかがあるなどそうそう気づかなかっただろう。躓かないように足もとに気をつけながら、慎重に歩みを進めた。

 行きついた先に現れたのは、ずいぶん古ぼけた小さな神社だった。手前には色あせた鳥居があり、さらにその奥に傷みの激しい小さな社殿が建っている。
 よく見れば、社殿の前は人がたくさん集まれる広場のようになっており、かつては賑わっていた場所かもしれないと想像する。

 社殿の扉はぴっちりと閉められており、いったいなにが祀られているのかを知る手がかりはどこにも見当たらない。

 言うならば、〝忘れられた神社〟といった様子だ。

 そんな廃れた中で、社殿の前に置かれた綺麗なガラスのコップだけが場違いに見える。注がれている水は透き通っており、コップにぬめりもなさそうだ。どうやら、人がまったく訪れないわけでもないらしい。

 神社をお参りする作法などよくわからず、とりあえず正面に立つ。賽銭箱らしきものはあるが、投げ入れ口に渡された木が折れているところからすると、お金を入れても意味はなさそうだ。

 なにか代わりになるものはないか、ポケットを探る。左指に触れたキャンディーをひと粒取り出し、こんなもので申し訳ないと思いながらコップの横に置いた。

――心穏やかに、過ごせますように――

 目を閉じてそう心の中でつぶやいた瞬間、ふわりと風が頬をなでた。真夏の生暖かさとは無縁のひんやりとした感触にハッとして、閉じていた瞼を開ける。
 辺りは足を踏み入れたときと変わらず静まり返っており、聞こえるのは鳥の鳴き声ぐらいのものだ。
 もう一度、さっきの心地よい風が吹いてくれないかと待ってみたが、その気配はまるでない。しばらく社殿を眺めた後、あきらめて世話になる梶原家に向かうことにした。