「三坂綾目と申します。よろしくお願いします」

 高校二年生の初夏。十七歳になった私は、関東の山奥に住む母方の叔母・梶原(かじわら)芳子(よしこ)の家に預けられた。

 養母となる芳子と母は、ずいぶん年齢が離れている。そのうえ、母の結婚が早かったのもあり、ふたりの間にそれほど交流はなかったらしい。芳子からは、『なぜうちが預からなくてはいけないのか』と、面と向かって言われてしまった。

「ふん。親のない娘だからうちで面倒を見るが、役に立たないやつはいらないからな」

 高圧的にそう述べたのは、養父となる勝吾(しょうご)だ。
 でっぷりとしたお腹を突き出しながら、頭の先からつま先までねっとりとした視線を向けられて、恐怖にぶるりと震える。

「生活費として、先にまとまった金を出してもらおうか」

 勝吾からこれまでにない高額を示されたが、私に断るという選択肢は許されない。ここで追い出されたら、本当に行くところがなくなってしまうのだ。

 冷静になれば、行政によるいろいろな支援があると思いついたかもしれない。でも、ここまでそんな知識を得る機会もなかった私には、思いつきもしなかった。それに心身ともに疲れ切った状態では、言われた通りに従う方が楽だった。

 お年玉などを貯めた貯金と両親の保険金があるとはいえ、無駄な使い方はいっさいしていない。お世話になる先が変わった時に、こうして差し出すくらいだ。金額が目減りしていくたびに将来が不安になるが、今を生きるためには仕方がない。

 梶原家が暮らす下沢村(しもさわむら)は、山々に囲まれたずいぶんと閉鎖的な地域だ。電車は通っておらず、バス停から家までもかなりな距離がある。ここの車での間に出会った数人の住民は、物珍しそうに無遠慮な視線を私に向けてきた。よそ者を受けつけない排他的な空気を感じ、ここでの暮らしもそういいものではないのだろうと、幾度となくため息をこぼす。