厄咲く箱庭〜祟神と贄の花巫女

【※前話に大幅に加筆しました。既に読んで下さった方には申し訳ありませんが、再度目を通して頂けるとありがたいです。】


「気になって仕方がなかった。政務にも支障が出た。だから、お前が尊巫女でなくとも……」

 彼から放たれる言葉は心が泣き出しそうなくらい嬉しい。だが……

「……ですが、私にはもう……何もありません。花能さえ……」
「消えてはいない。そうだろう? 我が界の入り口に芽吹き、今も生きている」
「荊祟様」

 彼の口調は珍しく弾んでいた。琥珀の()には、『希望』という光が瞬いている。

「いつか厄界に毒を含まぬ種が咲くやもしれぬ。これは前代未聞の画期的な事例だ。神の所業でしかない」

 あの芽吹いた苗木を、厄界の植物学者と地質学者、庭師と共にアマリは調べた。そして、どうやら山茶花(サザンカ)だという事が判ったのだ。
 紅か白か、又は薄紅かはまだ判らないが、これは前代未聞の歴史的な事件だった。根付いた土の成分を調べれば、この界に育つ植物が他にも出来るかもしれない。
 彼は自分との未来を見据えてくれているのだ。情けなくなり、自省する。いつまでも卑屈になっている訳にはいかないのだと。

「――そうだ。お前は、俺の花……巫女…… そう、花神子(はなみこ)だ」
「はなみこ……?」

 突拍子のない発言に、アマリの脳内にいくつかの変換された言葉が浮かぶが、彼の意図はわからない。
 確かに『巫女』は時に『神子』とも称される。神に仕え、神の(もと)に花能を使う娘子(むすめご)。花の神子、神……――

 彼の言葉の意味を察し、アマリの顔は薄紅に染まり上がった。せっかくの逢引なのだからと、カグヤに施された頬紅が更に濃くなる。

「……荊祟様。それは流石に買いかぶり過ぎで……畏れ多いです」
「そんな事はない」

 彼はこんなに甘い称賛の言葉を饒舌に語れる人だったのか。ふと、見上げると彼の頬も薄紅に染まっていた。
 視線が外れ泳いだまま、荊祟は風呂敷包みをアマリの手から受け取る。

 天の恵みか、今日は快晴だった。流れる水流が煌めき、近くの木々の木漏れ日が反射する。
 二人の未来を祝福し、激励しているかのようだ。


「……続きは、昼餉を摂りながら話そう」

 胸の奥に隠れていたもう一人のアマリが、今までに貰った力を使って自身を奮い立たせた。
 今こそ、伝えなければいけない。……本当は、自分だって、ずっと――

「――荊祟様」

 いとしい者の曇りなき覚悟を感じる声色に、荊祟はその瑠璃の眼差しを見つめる。そこには微かに紅紫(こうし)の光が交じり、波紋のように揺らいでいた。
 彼女は気づいているのだろうか、と内心驚いたが、必死な様子に水をさせないと、荊祟は動揺を呑み込む。

 なけなしの、ありったけの勇気をアマリは振り絞った。使う時が自分の人生に訪れるなど考えもしなかった、渾身の尊い一言。

「――お慕いし……『愛、して』、おります」

 反射的に小さな手を荊祟は引き寄せ、鋭い爪の光る手で抱き寄せる。

「亜麻璃」

 世界で最も美しく、いとおしい言葉を荊祟は耳にし、そして返した気がした。『愛』による幸福とはこの様な事を称するのだと、今の自分なら堂々と宣言出来る。
 世界中が嘲笑い、柄にも無いと否定されようと、跳ね除けられる確固たる自信に満ちていた。

 ……が、ほんの、ほんの少しだけれど、妙なざわつきも生まれた。
 彼女の精一杯の告白に対し、なんて子供じみた(こだわ)りだろうと自嘲しつつ、ぽそり、と問いかける。

「……何故、片言なのだ」
「えっ……」

 瀕死であったとは言え、自分も似た言い様だった事を荊祟は思い出す。何て大人気無い発言だと、内心自分を呪うも、ざわめきは消えない。

「……も、申し訳ありません。この様な事を、口にするのは初でございまして……」
「アマリ」

 そんな事は(わか)っているはずなのに、と猛省する。俯き、小さくなるアマリに申し訳なく、反面何故かいじらしさを感じた荊祟は、抱いた手の力を強めた。

「殿方である貴方に、こんな事を伝える言葉は……これしか浮かばないのです」
「……すまぬ。忘れてくれ。つまらん戯言(ざれごと)を申した」

 温かな光が灯った自身の胸元に、いとしい彼女の頭を(うず)める。途端、甘い衝動が起こると同時に、荊祟の()は、再び厄介な動きを起こした。

「……待て。仮に俺が女なら、どんな言葉を使うのだ」
「え」
「男だから『愛しています』なら、女なら何なのだ」

 我ながら非常に面倒なところに気がついたと荊祟は自嘲しながらも、何故かこの疑問が気になって仕方なかった。

「そうだ。……例えば、カグヤには何と伝えるのだ。ただの主従関係とは言えぬ程、お前達の間柄が深いのは目に見えている」
「荊、祟様……?」

 切羽詰まる様子で質問攻めし続ける荊祟に、アマリは目を丸くし、困惑した。彼の琥珀の()が明暗に揺らぎ、視線も泳いでいる。
 質問の内容もだが、何故、彼がそこまで様々な事に(こだわ)るのか、アマリには理由が解らない。

「……憧れ、で、尊敬……している、大切な方、ですが…… 愛して、とは違う……? あ、ですが、それなら荊祟様と同じ……?」

 まごつき、必死になって考えていたアマリは、頭を抱え込み俯いてしまった。
 そんなアマリに気づき、はっ、と我に返った荊祟も、ばつの悪そうに片手で頭を抱え、天を仰ぐ。

「悪かった。……これが人族が云う『嫉妬』なのか? ……正直、俺も自身の変化に戸惑っている」

 契りは交わしていないが、アマリといる事で彼は人族の質に近づいているのだろうか。

「……あの、私も、変化と言いますか……気づいた事があります」

 予想外の言葉に思わず顔から手を離し、荊祟はアマリを凝視した。琥珀の瞳孔が万華鏡のように揺らいでいる。

 動揺という素振りを隠せなくなっている今の彼の姿は、出逢った頃には想像も出来なかった。
 そして、同時に思い出すのは、()()最初で最後になるかもしれないと覚悟した、待宵(まつよい)の逢瀬の時間……

「……先程の答えにもなりますが、あ、あの様な男女の行為を、喜ばしく思える方は……貴方様だけ、です」

 一寸の沈黙が流れた後、花冷えの風が荊祟を少し冷静にした。項垂(うなだ)れた紅の山茶花のようになっているアマリに気づいた瞬間、再び両腕できつく抱き締め、熱い吐息と共に囁くように詫びた。

「……それは、俺もだ。すまぬ」

 沸騰して溶けてしまうのでは、と思うくらい熱くなってしまったアマリの脳裏に、ふと、()()()()の変化が過った。

 何か別の思考が彼女を少し覚ました事、異なる喜びを滲ませているアマリに気づき、荊祟は問う。

「どうした。何かあるのか」

 再び思い出すのは、逢魔ヶ刻の蒼黒の闇に飛んだ、蓮華草の灯りが包んだ、あの鎮魂の舞……

「……幼い頃から様々な教養や芸事を仕込まれましたが…… 存外、舞や詩吟(しぎん)は花と同じくらい……好きだったようです」

 他人事のように告白するアマリの胸中には、どこか哀しさもあった。
 指南される事柄は全てが彼女の日常で、会得する事も当たり前……暗黙の義務だ。
 子供心に両親に褒めてもらいたいという期待も願望も、表に出す前に無言の圧で封じられてからは、諦めに変わった。
 だが、あの時は、舞う事自体に夢中になっていた。不謹慎だと責められる事でもあるが、誰かの為に役立てる事に初めて喜びを感じたのだ。
 荊祟への礼として、それしか出来なかったのが動機だったけれど、()()の在り方を得たように、心が光明で満ちていた。


 更なる彼女の大きな変化に驚き、また未来への展望を見た荊祟は、穏やかな微笑を浮かべ、願った。

「……ならば、昼餉の後、一つ舞ってはくれぬか」

 何かの天命か運命の悪戯(いたずら)か。厄病神……妖厄神に(まが)いを抱え嫁いだはずの『亜麻璃(アマリ)』という人族……巫女は、この界で、この厄神(ひと)と、これから生きていく。

「では、豊穣の舞を。……この界に捧げます」
「良いな。――では、健やかな強靭な生命を我らにも、と願ってはくれまいか」
「荊祟様」

 焦りと恥じらいを含み、軽く(たしな)めるように彼を見上げたが、その琥珀の眼は何度も濾過(ろか)し、澄みきった蜂蜜のように貴かった。

 人族の自分と厄神の(やや)は、父と同じ、いや更に過酷な道をゆくかもしれない。逞しく生きてゆける命に成るよう、共に導いてゆかねばならない……

「――承知致しました」

 二人の(たかぶ)る想いと決意に合わせるかのように、一吹きの風が、辺りの沈丁花(じんちょうげ)の芳香な香りを、一層強めた。


 ――……あの瀕死の時。アマリが禁術として召喚するつもりだった花の一つが、沈丁花だった。

 花能(はなぢから)は……『不死』『不滅』そして、『永遠』――

 年中常緑の青々とした葉を持つ、その瑞々(みずみず)しさ姿故の(ちから)だ。
 彼らは自らを外敵から守る為、その身に毒を生み出す。
 だが、使い方によっては、咽喉(いんこう)や歯痛などの薬になるやもと、人族の界の医師が言っていた事を思い出す。
 生きる為に毒を生み出し、薬にも成る強靭な生命。
 だが、願わくは『不滅』『永遠』の力は、過酷な環境に耐えうる生命以外にも授かってほしいと、アマリは願う。


 この界で薄紅の山茶花を見られる日。それは、彼女が天に召される時……荊祟との『愛』が、『永遠』になった瞬間だろう。
 その日が本当に来るのか、アマリには判らない。彼女一人では成し遂げるには、かなりの難題だ。『永遠に続く愛』など神のお告げか幽霊のようなものだ。誰かは見知りたと言うが、ある者は知らぬという不確かな存在。

 一途に一人抱えて生きるなど、大抵は不可能に終わる。哀しさ、虚しさで心折れてしまう日、仲が違える日もあるだろう。
 不器用で稚拙でも、彼と二人で育てていくしかないのだ。
 この厄界で生きていく限り、彼女の夢を叶える(すべ)はそれしかないのだ。

 ――まるで、一か八かの賭け事(ゲーム)…… 勝つか負けるかの……(いくさ)みたいね

 今の自分が抱いている想いは、『愛』と呼べるのかすら未だにわからない。ただ、荊祟という『存在』が大切で、『好き』で仕方なくて、彼の近くで日々を過ごしたい。
 それ以上でも以下でも無い、そんな確固たる反面、曖昧な想いだけで、今、どうにか生きている。

 だが、それで良いと、今のアマリは思うのだ。
 自分は元々他者によって作られた()()ぎだらけの人形で、在るのか無いのかわからない(いびつ)自我(こころ)で生きていた。
 それすら、()()真冬の夜に壊れ、砕け散った。

 そんな時、自分に『怒り、泣いて叫びながら生きる権利はある』『生きた証を遺せ』と教えてくれたのが、今、隣にいるこの厄神(ひと)だ。
 自分の肉体的な死が互いを分かつまで、彼の傍で生きてゆけるのなら。希望も絶望も享受し、積み上げ、与えられた日々を共に過ごせる。……傍にいられるのなら。それ以上の幸福は無い。

 己の厄さえも糧にし、地底を()()、『アマリ』の花は()()のだ。
 たとえ、儚く拙いマガイモノだとしても。天命を全うする、その日まで。

 この箱庭の中で育ててゆく。『永遠』の『愛』を。



【完】