「……それでは長谷川さん、次は2週間後にまた診せてくださいね」
「はい、わかりました。ありがとうございました」
「お大事に」
2月にしては晴れて暖かい日だった。
病院を出たその足で区役所に寄り、職場でもある珠実園に向かう。
本当ならこの報告は、啓太さんに真っ先にするのが筋なんだろうけど、私にはその前に報告したい人がいた。
今日も、その人は児童図書室で片付けをしていた。
「結花先生」
「花菜ちゃん、体調大丈夫なの?」
まだ図書室や遊戯室が混む時間ではないから、すぐに駆け寄ってきてくれる。
「ご心配おかけしました」
そう、今朝は『病院に行きたいので』とだけ電話をしてお仕事をお休みしたから。どこが悪いとか細かいことは伝えていなかった。
私の様子に何かを感じたらしい結花先生は、お隣の面談室に通してくれた。
「なにかあったの?」
二人だけになって、結花さんの顔を見たら、じわっと涙がこぼれてきた。
「絶対に結花さんに一番先に報告したかったんです」
「うん?」
鞄のなかに入れてきた、さっき区役所でもらったばかりの一冊の手帳を机の上においた。
「本当? やったぁ! 花菜ちゃんよかったぁ!」
最初のページを開いて、私と啓太さんの名前が書き込まれた母子手帳を見た結花さんも、一緒に涙を流して喜んでくれた。
そう、これは私が心のなかで決めていた。『妊娠が分かったら一番最初に結花さんに報告したい』と。
あの旅館で迎えたクリスマスの夜、初めての珠実園での夜と同じように私をぎゅっと抱き締めてくれた結花さん。
高校2年生にして、結花さんの胸で大泣きした翌朝、壁の制服にはきちんとアイロンがかけられていて、机の上にはメモがおかれていた。
『一緒に幸せになろうね 結花』
あのメモは、私の宝物として今でも大切に保管してある。
ふだん、みんなの前では『結花先生と松本さん』だったけれど、ふたりだけになったときは、本当のお姉さんのように接してくれた。
私が啓太さんと結婚をすることになったことには、ご自分のことのように喜んでくれて、啓太さんが私に内緒で婚姻届の署名集めをお願いしたとき、真っ先に証人欄に書いてくれたって。
珠実園を卒園し、今度はそこで働き出したあとも、私が妊娠しにくい体だと知って、一緒に寄り添って少しでも役に立てるようにと情報をくれたり考えてくれて、いつも励ましてくれていた人だもの。
それは啓太さんも知っているから、伝える順番が逆になっても誰かが傷つくことはないって分かっているからね。