近くの県立公園やよく買い物に行くお店、このあたりから見える景色などを話しながら園に戻る。
いま、16歳だったっけね。それなら私と8歳違い。早生まれというのも同じ。
少し離れているけれど、逆にそれを利用してお姉さんのように振る舞う方がいい。
みんなには話せない彼女の内なる悩みを引き出しすのは同年代では無理だというのが私の経験則から導き出した答えだから。
休日の午後になって、入居している子たちも宿題や分担している家事なども終わって自由に遊んだりプレイルームでテレビを見たりしている。
「結花先生こんにちはー」
「こんにちは。みんな宿題終わったの?」
「終わりましたー」
声をかけてくる子たちに答えながら、さりげなく花菜ちゃんの存在を匂わせておく。
「みんなへの紹介は夕食のときにするからね。またその時に迎えに来るからね」
「はい」
一度お部屋に戻して休憩をとってもらおう。その間に、初日の様子を日誌にまとめておく。
これは私が彼女の担当になったことで初めて書くもの。一人ひとりの成長日記だから。
どうしても親代わりになる先生も都合がつかなくなったり転勤などで離れてしまうこともある。その時にこの日誌が手がかりになるから。
夕食のときに、入所している他のみんなの前で挨拶をしてもらって、あとは入浴と就寝だけになる。
「結花先生、お疲れさまでした」
「すみません、お願いします」
今日の夜勤はベテランの山田先生。
初めての子がいるときは、本当によくいろいろと相談に乗ったり、小さなこともよく気がつく先生だ。
併設の保育園から娘の彩花を引き取っての帰り道。
一日いっぱい遊んで、園で夕食まで食べさせてもらったから、途中のバスでも眠そうだ。
横浜駅から団地に向かうバス。二人がけの席で、とうとう彩花は眠ってしまった。
このまま30分あるから、またその時に起こせばいいか。
私たち夫婦の食事だけ用意して、彩花をお風呂にいれてあげればいい。
でも頭のなかには、花菜ちゃんの顔が浮かぶ。
新しい環境での初めての夜。しかも話し相手もいないひとりぼっちの状況。
いくら山田先生が相手になってくれる体制をとっていてくれても、花菜ちゃんが自分で出ていけなければ状況は変わらない。
彩花を抱き抱えて団地の部屋に戻ると、陽人さんはもうお仕事から戻っていた。
「陽人さん、お願いがあるの」
「うん?」
彩花をお風呂にいれて布団に寝かしつかせてから、明日からの授業で使う資料を作っていた陽人さんにお願いをした。
「チェーンはかけないでおくから。気をつけて行っておいで」
「ありがとう。ごめんね」
もう一度着替えて、ひとり夜のバスに乗る。この時間ならまだ十分に行ける。
バス停からの坂を歩いて登り、暗くなった珠実園の通用門を再び開いたのは夜も10時をまわっていた。