「花菜ちゃん、お仕事終わったよ」
扉が開いて聞き慣れた声がする。この声はいつ聞いても私の心の中をホッとさせてくれる。
「あ、結花先生! はい。私ももう終わります。待っていてもらっていいですか? それに彩花ちゃんは今日は一緒じゃないんですね?」
「ええ、彩花はおばあちゃんちに泊まれるって喜んじゃって、逆に拍子抜けしちゃった。さっきお母さんが連れて帰ったのよ」
「そうだったんですね」
「もぉ、小さい子には年末もなにも関係ないものね。仕方ないわ」
お店の中のテーブルに座った結花先生は笑っていた。
児童福祉施設『珠実園』。私、長谷川花菜は小さい頃にお父さんを亡くしていて、高校2年生のときにお母さんを亡くした。そんな私のおうち代わりとして一時期お世話になっていた施設。
同時に、市でも公認の子育て支援センターということもあり、いつも子どもたちの明るい声がするセンターだ。
小島結花先生は、そこで相談員を務めている8歳年上のベテランの先生。
私が学生中に両親を亡くしたうえ、頼れる親戚もなく本当の天涯孤独になって、ここにやって来た日の夜、結花先生はお仕事を終えたあとにもう一度お家から出てきて、そのまま私が泣きやむまで何も言わずにそばにいてくれた。
高校2年にもなって、みんなの前で泣くわけにいかないとじっと堪えていたことをあっさり見抜いて、誰にも聞こえないように個室の扉を閉めてくれたことも数え切れない。
あれからまだ3年。短くも感じたし、結花先生とはもっと長い付き合いのように感じる。
だって、結花先生とご主人の陽人先生は私たち夫婦にとって、文字どおりの人生の大先生だから。
そう、夫婦……。だって、私は高校2年の修学旅行で、幼い頃に面倒を見てくれていた当時のお兄ちゃん、それが高校の担任になって私の前に再び現れた長谷川啓太先生と入籍をしていたから。
そんな普通ならどう考えても無茶苦茶な計画と実行を、私のこれからの生活を安定させるためだという錦の旗を持ってくれて、いつも助言や行動で支えてくれたのが、この結花先生のご夫妻だったから……。
珠実園に来られたこと、そこに結花先生がいてくれなかったら、そんなことは絶対に実現することはなかったと私は今でも信じて疑わないんだ。