もう遅い時間だったから、大浴場には他のお客さんがいなくて、体を洗い終わったあとに温泉の浴槽に二人で並んで座った。
「はぁー、やっぱり冬場はこういうのが一番温まるなぁ」
両手を天井へ突き上げてから、結花先生が少し恥ずかしそうに笑った。
「ちょっとおばさんぽかったかな?」
「ちょっと普段とのギャップ出たかもしれませんよ?」
「そうかぁ~」
そう、私の生活進路支援担当が結花先生と知って「それなら」ということに決まって、話は一気に進んだんだよね。
今は逆にその図書館に子どもたちを連れて行くのが私のお仕事の一つ。
あの当時から館長さんは代わっていなくて、今でも私を見ると喜んで迎えてくれる。
「あの当時はいろいろとご心配おかけしました」
「花菜ちゃんに小島結花先生がついていると聞いたとき、誰も反対しないというより、みんなが安心して送り出せたんだよ。あの先生は別格だ。当時から児童支援で小島結花先生の名前を知らなかったら恥ずかしいくらいだからね」
それでも知らない人は、噂を聞いてどれだけの強権を持った厳しい人物像を思い描いた人もいたみたい。
そんな話があったのを聞いて、結花先生は図書館まで出向いて、私を預かる担当になったことを伝えたんだって。
もう時代劇の印籠に近かったって館長さんは笑っていたっけ。
結花先生は高校卒業の資格は持っているけれど、卒業した学歴でいえば中卒だとおどけている。
それがここまでの信頼を得るまで、どれだけ勉強して努力をしてきたのだろう。
そんな人が私のすぐとなりで笑ってくれている。
だって、私が今年20歳だから、結花先生は28歳。見た目で年齢は判らないと女性は言われるけれど、結花先生は本当に年齢不詳に見えてしまう。
服装だけでなく、肌もすごく綺麗で、10代後半と言ってもいいくらい。
もともと敏感アレルギー肌で、化粧品をほとんど使わず、普段はお化粧といっても保湿の化粧水と乳液、薬用リップクリームだけだというから、きっとそれも影響しているんだろう。
「そうだな……、陽人さんは私にお化粧しなくていいよって、初めて言ってくれた男の人だったかな」
私も3年前に啓太さんから言われたんだ。高い化粧品は使わなくていいから、保湿をきちんとしていれば、花菜は美人なんだぞと。
「私も同じです」
「でもね、それを言われたのが高校の廊下でよ? 担任の先生に隣を歩きながらそれ言われて、ドキドキしちゃうじゃない? でも……、あれがきっと始まりなんだろうな……」
そう、私たちみたいに幼なじみという接点がなかった結花先生たちの恋愛話は、本当に素敵だった。
本当にいつも啓太さんと、小島先生ご夫妻には敵わないとことあるごとに話している。
私がそう思っていても、中には学校の先生と結婚したという話だけを聞いて、不純とか常識がないとか言う人もいると思う。それは人それぞれの考え方だから結花先生も私も同じで、むやみに反論はしない。
でも私たちにはその道しかなかった。結花先生には闘病、私は両親をどちらも失うという現実を目の前にしたとき、その現実を支えてくれたのが、担任の先生だったということだけ。
だから、私たちも周りに後ろ指を指されないように別の力をつけるしかなかったんだよね。