その夜のこと。SNSを見ていた時、ふと、俺のタイムラインに綺麗な海の写真が流れてきた。


青が煌めいていて、太陽が眩しくて、とても美しかった。


そういえば、最後に海を見たのはいつだろう。父方の祖父母は、海が良く見える山の上に住んでいて、昔はよく長期休暇になると家族全員で顔を出しに行っていた。

けれど、中学生になったあたりからはどうしても部活や塾の関係もあって祖父母の家にはなかなか顔を出せなくなっていった。


「海いいなー……」


綺麗な海が見たい。美味しい空気を吸いたい。自然に触れて、俺のことを開放してあげたい。


ふと思い立ったこの気持ちが、今の俺にとっては学校やバイトよりずっとずっと大切なものに思えたのだった。




祖父母の家に行くことにした。電車を乗り継いで一時間半。

遠すぎなくて近すぎない、程よい距離の、俺だけの秘かな旅だ。



頭を冷やすにはちょうどいい。一週間ほどスマホの電源を切って、家族にも友人にも内緒で、俺は俺をやめてみよう。


大きな理由もなく死にたいと思う毎日は、思うだけでひとりじゃ実践する勇気もない。

だけど、これからもしかしたらすごく良いことがあるかもしれない。どこか、何かのタイミングで音楽の道に進めるようになるかもしれない。


俺がこれから大丈夫になる保証なんてどこにもないけれど───先のことなんて、生きてみないとわからない。



例えば今突然死んだって、俺の人生は素晴らしいものだったと思えるような毎日にしたいから。



卒業以来一度も動いていない、中学のグループライン。メンバーのなかから、彼女の連絡先を見つけて追加した。このグループは何度も退会しようと思ったけれど、しなくてよかったと心の底から過去の自分に感謝した。


トークルームを開き、震える手で文字を打つ。今更なんだと思われるかもしれないし、忘れられている可能性も捨てきれなかったが、そんなことは今の俺にとっては大した問題ではなかった。これがひとつの区切りのようなものだった。


【海いかない?】



庄司絢莉。烏滸がましいかもしれないけれど、君にだけは、わかってもらいたかった。