「あの日、母に約束してたんです。帰る、って――」
もう二度と食べることはできないと思っていた母の料理を前にして我慢が効かず、董子は涙声でつぶやいた。
「だけど、私は帰らなくて……。その日の夜、母が自宅で倒れて亡くなりました……」
食べかけの料理を見つめてうつむく董子は、カウンターの向こうに立つ店主の顔を見れなかった。
だが、彼の菫色の瞳が董子を真っ直ぐに見つめているのを肌で感じる。
母が亡くなった日に自分がしたことは、父にも友人にも誰にも話したことがない。董子が心の中だけに抱えている、誰にも言えない秘密だった。
なんだか、神様の前で懺悔する気分だ。そして実際に、今から董子がしようとしているのは、母への懺悔かもしれない。