「お気に召しませんでしたか?」
そういう訊ね方をしてくるくせに、店主の菫色の瞳に揺らぎはない。
「いえ、そうじゃないんです……。そうじゃなくて……」
董子がわずかに声を震わせながら首を横に振ると、店主はあらかじめそれがわかっていたかのように目を細める。
店主が出してくれたのは、董子が注文したとおりの肉じゃがと豚汁だった。
皮を剥いただけの小ぶりのじゃがいもがごろごろとたっぷり入った肉じゃがと、さつまいもの入った豚汁。目の前にあるのは、董子が注文するときに白紙のメニューの前で頭に思い描いた母の料理そのものなのだ。
「どうして、私がほんとうに食べたいと思っているものがわかったんですか……?」
董子は「肉じゃがと豚汁——」と注文しただけで、見た目やどんな材料を使うかまでは言及しなかった。
一般的な定食屋で出てくる肉じゃがは、たぶんここまでたくさんごろごろしたじゃがいもは入っていないし。董子の家の豚汁にさつまいもが入っていたのは母が西のほうの出身だからで、全国的なメジャーではないはずだ。
料理を前に唇を震わせる董子に、店主がゆるやかに微笑んだ。
「当店でお出しできるのは、お客様の思い出の味に限りますので」
「思い出の味……」
「温かいうちにどうぞ」
店主に勧められて、董子は箸を手に取った。
少し迷ってから先に木のお椀を持ち上げて口を近付けると、ごま油とほんのり甘いさつまいもの香りがふわりと漂ってくる。
それだけで既に目尻にじわりと込み上げてくるものがあるのに、ひとくち飲んだ味まで母が作ってくれていた豚汁そのもので。驚きすぎて、泣きそうになった。