「どうぞ」
「ありがとう。随分慣れているんだね」
「いえいえ、わたしなんて、全然」
相変わらず褒められ慣れていないのか自己肯定感が低いのかわからないが、一ノ瀬さんは自分を下げることだけは決して忘れない。
声の大きさや話し方、振る舞い、どこを見ても彼女が内気であることがわかるのだが、時折芯のある言動を見せるのも、また一ノ瀬さんでもあると僕は思う。
見た目とのギャップがそうさせるのかもしれないが、それも含めて一ノ瀬さんは周りの人間を惹き付ける才能を持っているのではないだろうか。
「さて、どうしようか」
いつの間にか大友さんが一ノ瀬さんを慕うようになったように、僕も一ノ瀬さんを頼るようになっていた。
「えっと。わたし達の知っているところは、大方探してしまいましたし」
そんな頼りになる一ノ瀬さんも、どうやら手詰まりらしい。
僕らは大友さんについて何も知らない。所詮僕達が知っている大友さんは、彼女が見せる一部分でしかないのかもしれない。だとしたら、僕らは過剰になりすぎているのではなないだろうか。
「友達の家に泊めてもらっているとか」
「だといいんですけど。今まで大友ちゃんからそういう話を聞いたことがないんですよね。だって……」
僕の楽観的な考えは、きっぱりと一蹴される。
俯いた一ノ瀬さんが何を言おうとしているのかは、ある程度予想ができる。
「大友ちゃん、家や学校で居場所がないみたいなんです」
大友さんの境遇は認知済みだと思ったのだろう。一ノ瀬さんは具体的なことは言わず、まるで共通の秘め事を確認するかのようにぼかして言った。
仮に僕がそのことを知らなければ、一方的に大友さんのプライベートな情報を共有されたと捉えることもできる。その場合、罪を分散させられたような気分になるだろう。
ただ、話しを続けようとする一ノ瀬さんに嫌悪感を抱くことはない。
もちろんそれは一ノ瀬さんが本心で大友さんのことを心配していると思ったからでもあるが、単純に大友さんのことを知りたいという欲求が、他人の秘め事を知る怖さに勝っていたのもある。
本当は、大友さんを使って亡くなった田中さんに対する罪の意識を薄めようとしているだけではないのか。
彼女を利用しようとしているだけじゃないのか。
そう思ったが、それでもいいとも思った。
一ノ瀬さんは続ける。
「大友ちゃんの話に聞く限り、学校で時々嫌がらせも受けているみたいなんです。それに、家でもおばあちゃんとあまり仲がいいわけではないみたいなんです」
「昨日大友さんから同じようなことを聞いたよ。それに最近、お父さんからの仕送りが止まってしまったとも言ってた」
口を滑らせてしまったという罪悪感はあったが、一ノ瀬さんには知っておいてほしいと思ったから、踏み込んだ家庭の状況を付け足した。
「家や学校は本来護られる場所ではあるはずなのに、そうじゃなかったら相当辛いはずです。それに、高校生って立場的にも経済的にも中途半端な位置ですから、自由なんてあってないようなものだと思うんです」
一ノ瀬さんは言葉に感情を乗せ、食いしばるように言った。
きちんと心を傷める一ノ瀬さんを見て、僕は安心する。
そんな一ノ瀬さんに夢も希望もないこの先の現実を諭す。
「社会人になっても、一緒だよ」
蛇足だ。
「そうかもしれません」
力無い肯定は、まるで一ノ瀬さん自身も体験しているかのような深みがあった。ただ、しょうもない現実に諦めてしまっている僕とは違い、一ノ瀬さんは必死に光を手繰り寄せようとしているようにも見える。
「でも、選ぶことはできます。大人になってからの方が、選択肢が広がると思うんです。大友ちゃんはずっと現状を変えようと必死に頑張ってました。だから、何かあった時にわたし達が支えてあげないと」
「……え」
どこかで聞いたことがある。
自分を奮い立たせようとして言った一ノ瀬さんの言葉を反芻しながら、耳に残る理由を探る。
ーー大事なら、お前が護ってやれよ。
ああ、そうだ。
田中さんが亡くなる直前に館山から言われていたんだ。
できなかったんだ、僕は。
「ありがとう。随分慣れているんだね」
「いえいえ、わたしなんて、全然」
相変わらず褒められ慣れていないのか自己肯定感が低いのかわからないが、一ノ瀬さんは自分を下げることだけは決して忘れない。
声の大きさや話し方、振る舞い、どこを見ても彼女が内気であることがわかるのだが、時折芯のある言動を見せるのも、また一ノ瀬さんでもあると僕は思う。
見た目とのギャップがそうさせるのかもしれないが、それも含めて一ノ瀬さんは周りの人間を惹き付ける才能を持っているのではないだろうか。
「さて、どうしようか」
いつの間にか大友さんが一ノ瀬さんを慕うようになったように、僕も一ノ瀬さんを頼るようになっていた。
「えっと。わたし達の知っているところは、大方探してしまいましたし」
そんな頼りになる一ノ瀬さんも、どうやら手詰まりらしい。
僕らは大友さんについて何も知らない。所詮僕達が知っている大友さんは、彼女が見せる一部分でしかないのかもしれない。だとしたら、僕らは過剰になりすぎているのではなないだろうか。
「友達の家に泊めてもらっているとか」
「だといいんですけど。今まで大友ちゃんからそういう話を聞いたことがないんですよね。だって……」
僕の楽観的な考えは、きっぱりと一蹴される。
俯いた一ノ瀬さんが何を言おうとしているのかは、ある程度予想ができる。
「大友ちゃん、家や学校で居場所がないみたいなんです」
大友さんの境遇は認知済みだと思ったのだろう。一ノ瀬さんは具体的なことは言わず、まるで共通の秘め事を確認するかのようにぼかして言った。
仮に僕がそのことを知らなければ、一方的に大友さんのプライベートな情報を共有されたと捉えることもできる。その場合、罪を分散させられたような気分になるだろう。
ただ、話しを続けようとする一ノ瀬さんに嫌悪感を抱くことはない。
もちろんそれは一ノ瀬さんが本心で大友さんのことを心配していると思ったからでもあるが、単純に大友さんのことを知りたいという欲求が、他人の秘め事を知る怖さに勝っていたのもある。
本当は、大友さんを使って亡くなった田中さんに対する罪の意識を薄めようとしているだけではないのか。
彼女を利用しようとしているだけじゃないのか。
そう思ったが、それでもいいとも思った。
一ノ瀬さんは続ける。
「大友ちゃんの話に聞く限り、学校で時々嫌がらせも受けているみたいなんです。それに、家でもおばあちゃんとあまり仲がいいわけではないみたいなんです」
「昨日大友さんから同じようなことを聞いたよ。それに最近、お父さんからの仕送りが止まってしまったとも言ってた」
口を滑らせてしまったという罪悪感はあったが、一ノ瀬さんには知っておいてほしいと思ったから、踏み込んだ家庭の状況を付け足した。
「家や学校は本来護られる場所ではあるはずなのに、そうじゃなかったら相当辛いはずです。それに、高校生って立場的にも経済的にも中途半端な位置ですから、自由なんてあってないようなものだと思うんです」
一ノ瀬さんは言葉に感情を乗せ、食いしばるように言った。
きちんと心を傷める一ノ瀬さんを見て、僕は安心する。
そんな一ノ瀬さんに夢も希望もないこの先の現実を諭す。
「社会人になっても、一緒だよ」
蛇足だ。
「そうかもしれません」
力無い肯定は、まるで一ノ瀬さん自身も体験しているかのような深みがあった。ただ、しょうもない現実に諦めてしまっている僕とは違い、一ノ瀬さんは必死に光を手繰り寄せようとしているようにも見える。
「でも、選ぶことはできます。大人になってからの方が、選択肢が広がると思うんです。大友ちゃんはずっと現状を変えようと必死に頑張ってました。だから、何かあった時にわたし達が支えてあげないと」
「……え」
どこかで聞いたことがある。
自分を奮い立たせようとして言った一ノ瀬さんの言葉を反芻しながら、耳に残る理由を探る。
ーー大事なら、お前が護ってやれよ。
ああ、そうだ。
田中さんが亡くなる直前に館山から言われていたんだ。
できなかったんだ、僕は。