汐丘駅に着く頃には、すっかり日が傾きかけていた。
日の傾きと同時に冷え切った風が心身ともに蝕もうとしてきたから、僕は海猫堂へと進める足を早める。
店内に入ると、カウンター席に一ノ瀬さんが座っていた。
平日にしては珍しく、店内は珍しくお客さんが多い。店内は郁江さんと旦那さんの誠司さんが忙しなく歩き回り、お客さんのオーダーを取っていた。2人に軽く会釈し、一ノ瀬さんが鞄でおさえてくれていた隣の席に座る。
「お疲れ様です」
一ノ瀬さんにしては珍しく、普段は肩元で内側に巻かれている髪が、ところどころ無造作に飛び跳ねている。相当疲れ切っているようだ。
「お疲れ様。やっぱり見つけられなかったよ」
「見当違いなところを教えてしまってごめんなさい」
「いや、彼女の行動パターンが知れただけでも良かったよ。何か手掛かりに繋がるかもしれないし」
一ノ瀬さんから教えてもらった場所を一通り回ってみたが、予想通りの結末に終わった。
最後に寄った文化堂書店には新さんがいたが、部外者である彼女にこの話をするとややこしくなるのは目に見えていたから、声をかけずにお店を出た。
そもそも女子高生である大友さんが行方を晦ましていること事態が割と大きな問題なのだが、その話にかもめ書店の閉店が関わっているから尚更話せそうにない。大友さんが行方不明になった話はあくまで極秘事項だ。
僕達だけで解決できるのであれば、そうするに越したことはない。
ただ、僕らが出来る範疇は限られている。いよいよ彼女の身が危険だと判断したら、こちらから大友さんの祖母に連絡し、警察に捜索願を出してもらうよう促さなければいけない。その判断を見誤ないよう気を付けなければ。
「何か飲みます?」
「え、あ、そうだね。せっかくだし」
考え込んでいると、一ノ瀬さんが穏やかな声で言った。
一ノ瀬さんはおもむろに立ち上がると、オープンキッチンの向こう側の調理場に入って行き、キッチン台の下にある棚から水色のケトルを取り出す。
「コーヒーでいいですか?」
「一ノ瀬さんが淹れてくれるの?」
「あ、はい。二人共忙しそうなので」
まるで自分の家にいるかのような慣れた手つきを、僕はしばらく眺めていた。
水が入れた陶器製のケトルはそれなりに重量があるのか、一ノ瀬さんは小さく「よいしょ」と言いながらコンロの上に置く。
点火時のチチチという音が長めに鳴っていると思ったら、溜まったガスに勢いよく引火したのか、今度はボウッという鈍い音を立てながら青い炎が勢いよく飛び出した。
カウンター席にいるこちらからも見えた炎に一ノ瀬さんはびくついていたが、すぐに苦笑いをしながらこちらを見て「大丈夫です」と言ったから、余計な心配は心の中だけに留めておく。
お湯が沸くまでの間、一ノ瀬さんは忙しなくキッチンとカウンターを行き来する郁江さん達の邪魔にならないよう、キッチンの隅に佇んでいた。
話すには元々大きくない声をそれなりの大きさに調整し直さなければならない中途半端な距離だったから、互いにチラチラと意識を向け合うという気まずい時間を過ごすことになった。
お湯が沸くと、一ノ瀬さんは慣れた手つきでケトルを持ち上げ、沸いたお湯をドリッパー内のコーヒー豆の中央にゆっくりと注ぐ。
淵から溢れそうになるほどにお湯が行き渡ると、酸味の効いた淹れたてのコーヒーの香りが漂ってきた。ドリッパーに注ぐその姿が妙に絵になる。
日の傾きと同時に冷え切った風が心身ともに蝕もうとしてきたから、僕は海猫堂へと進める足を早める。
店内に入ると、カウンター席に一ノ瀬さんが座っていた。
平日にしては珍しく、店内は珍しくお客さんが多い。店内は郁江さんと旦那さんの誠司さんが忙しなく歩き回り、お客さんのオーダーを取っていた。2人に軽く会釈し、一ノ瀬さんが鞄でおさえてくれていた隣の席に座る。
「お疲れ様です」
一ノ瀬さんにしては珍しく、普段は肩元で内側に巻かれている髪が、ところどころ無造作に飛び跳ねている。相当疲れ切っているようだ。
「お疲れ様。やっぱり見つけられなかったよ」
「見当違いなところを教えてしまってごめんなさい」
「いや、彼女の行動パターンが知れただけでも良かったよ。何か手掛かりに繋がるかもしれないし」
一ノ瀬さんから教えてもらった場所を一通り回ってみたが、予想通りの結末に終わった。
最後に寄った文化堂書店には新さんがいたが、部外者である彼女にこの話をするとややこしくなるのは目に見えていたから、声をかけずにお店を出た。
そもそも女子高生である大友さんが行方を晦ましていること事態が割と大きな問題なのだが、その話にかもめ書店の閉店が関わっているから尚更話せそうにない。大友さんが行方不明になった話はあくまで極秘事項だ。
僕達だけで解決できるのであれば、そうするに越したことはない。
ただ、僕らが出来る範疇は限られている。いよいよ彼女の身が危険だと判断したら、こちらから大友さんの祖母に連絡し、警察に捜索願を出してもらうよう促さなければいけない。その判断を見誤ないよう気を付けなければ。
「何か飲みます?」
「え、あ、そうだね。せっかくだし」
考え込んでいると、一ノ瀬さんが穏やかな声で言った。
一ノ瀬さんはおもむろに立ち上がると、オープンキッチンの向こう側の調理場に入って行き、キッチン台の下にある棚から水色のケトルを取り出す。
「コーヒーでいいですか?」
「一ノ瀬さんが淹れてくれるの?」
「あ、はい。二人共忙しそうなので」
まるで自分の家にいるかのような慣れた手つきを、僕はしばらく眺めていた。
水が入れた陶器製のケトルはそれなりに重量があるのか、一ノ瀬さんは小さく「よいしょ」と言いながらコンロの上に置く。
点火時のチチチという音が長めに鳴っていると思ったら、溜まったガスに勢いよく引火したのか、今度はボウッという鈍い音を立てながら青い炎が勢いよく飛び出した。
カウンター席にいるこちらからも見えた炎に一ノ瀬さんはびくついていたが、すぐに苦笑いをしながらこちらを見て「大丈夫です」と言ったから、余計な心配は心の中だけに留めておく。
お湯が沸くまでの間、一ノ瀬さんは忙しなくキッチンとカウンターを行き来する郁江さん達の邪魔にならないよう、キッチンの隅に佇んでいた。
話すには元々大きくない声をそれなりの大きさに調整し直さなければならない中途半端な距離だったから、互いにチラチラと意識を向け合うという気まずい時間を過ごすことになった。
お湯が沸くと、一ノ瀬さんは慣れた手つきでケトルを持ち上げ、沸いたお湯をドリッパー内のコーヒー豆の中央にゆっくりと注ぐ。
淵から溢れそうになるほどにお湯が行き渡ると、酸味の効いた淹れたてのコーヒーの香りが漂ってきた。ドリッパーに注ぐその姿が妙に絵になる。