田中さんと口論になってから1ヶ月が経った頃、館山とは再び食堂で話すようになった。

昼食時に食堂で顔を合わせるはずなのに、理由もなく避けていた時期もあった。けれど、田中さんと疎遠になってから徐々に館山を見かける頻度が増えていった。

信頼できる人間に少しでも早く吐き出してしまいたかったんだと思う。

けれどすぐにそうしなかったのは、多少なりとも館山に対する劣等感があったから。明確な人生設計を企てる館山に対し、勝手に圧倒されていた。


「田中さんとは上手くいってるのか?」


いつものように食堂の片隅にある席に座っていると、館山はなんの断りもなく僕の向かいに座った。


「この前喧嘩して、それ以来会ってないんだ」

力無くそう答えると、館山はさほど驚くこともなく、


「まあ、長く一緒にいると喧嘩くらいするわな」


と、いかにも経験者であるかのような余裕をかましながら言った。

まるで恋愛の先輩のような言い方にいちいち腹を立てている余裕なんて僕にはなく、むしろそれくらいの気軽さが僕を励ますのには丁度よかった。


「仲直りは早めにしておいたほうがいいぞ」

「子供じゃないんだから」

「俺らまだ成人してないから子供じゃん。それに田中さん、体調悪いんだろ」

「そうだけど」

「お前しか頼る相手がいなさそうだし、力になってやれよ。それに、変な意地張ってるんだったら人生損するだけだぞ」


館山はそう言ってどんぶりに盛られたご飯をかき込む。最近は現場で力仕事を任されることが多いのだろう。

入社当時より体格もよくなってきている気がする。

対して僕は、どちらかというと最近は事務所に籠って1日中データを表に打ち込むという仕事が増えたし、家に帰っても引き籠ってばかりの生活をしているせいで早くも身体の衰えを感じ始めていた。


「おりえがいる」

おりえの存在を館山に教えると、彼は周りを気にせず声高らかに笑い声を上げた。


「お前おりえってやつに嫉妬してるの?」

「そんなんじゃねえよ」

残念ながら館山の見立ては外れている。この気持ちは嫉妬という単純なものではない。

おりえが田中さんを変えてくれるのであれば別にそれで構わない。僕はただ、以前の明るい田中さんに戻ってほしいだけ。


「まったく、田中さんもそんな実態不明なやつを相手にすんなよな。リアルの人間の方がよっぽど信頼できるぞ」


どうだか。

僕らの世代からしたら時代遅れとも捉えられる発言。彼が体育会系気質な現場主義を(うた)うこの会社で上手く馴染めているのも頷ける。

僕はどうやらこの仕事に向いていない。些細な失敗を繰り返し、現場にいる上司や先輩から疎まれる存在になっているように思う。

治具に装着する部品を間違ったり、機械に入力する数値を間違えたりと、数千万円規模の工作機械をお釈迦にしかけるミスも多かった。

落ち着いていれば防げるく些細なミスが減らなかったのは、プレッシャーに弱いからかもしれない。

生産ラインでは10秒遅れるだけで数十万円のロスになると散々脅され、実際トラブルが起きると罵詈雑言が飛んできては、そのせいで手が震えて足場に工具を落とすという悪循環に陥っていた。

やがて僕は事務所にあるパソコンの前が定位置になる。脆弱(ぜいじゃく)だったのだ。

そんなことを弱音を館山に言えるわけでもなく。代わりに教えを()うように訊ねる。


「田中さんはこの先どうすればいいんだろう」

「辞めるしかないだろ」


館山はあっけらかんと言い放った。考えもなしに言ったのではないことくらい目を見ればすぐにわかる。ただ、それを納得するのはまた別。


「そんな、簡単に言うなよ。頑張って入社したのに。大体、辞めてからどうするんだよ」

「実家に帰って家業継ぐとか学校に行き直すとかさ、なんか道はあるだろ」

「彼女は多分実家には戻れない」

「田中さんの家事情なんて俺が知るか。動画で稼げてるんだろ。どっか田舎に移住してさ。動画で生計立てながら療養なんてのもできるんじゃね?いずれにせよ、自分で自分を縛り付けている余計なもん取っ払ってしまえばどうにでもなるって」


薄々考えていたことだったが、いざそれを信頼している人間から言われてしまうと妙に(こた)える。

言葉に説得力を持たせられるのは、目に見える結果を残している奴だけ。