お店のアカウントを開設し始めて1ヶ月。僕らは決して無理をしない範疇で地道にアカウントを育てていた。
手始めに系列店や出版社はもちろん、周辺地域のお店や企業などのアカウントもくまなく調べてフォローした。
プロフィールに掲載する写真は、撮影担当の一ノ瀬さんが自慢の一眼レフカメラで店内を撮影したものを使った。
写真の出来はお店のスタッフからも好評で、一ノ瀬さんはそれで自信が付いたのか、自宅から真っ白な背景シートを持ってきては事務所の空いたスペースに撮影コーナーを作ってしまった。
使わない時はシートを丸めれば綺麗に片付けることができるようにと周りへの配慮も忘れなかったから、お店のスタッフはおすすめの本を見つけると一ノ瀬さんに紹介するという流れが生まれた。
好きなことに関して一途な一ノ瀬さんは、徐々にその行動力を見せ始め、一緒に働いている人達をいい意味で驚かせている。
掲示板を貼り付けるスペースが空いていると、出先で撮影した街や海の風景写真をA4サイズにプリントアウトして貼ったり、猫の本が並ぶ棚の上部に気持ちよさそうにぐっすりと眠っている猫の写真を貼ったり。
やりすぎなのではないかと思ったが、写真を見つけては「可愛い」と言っているお客さんを何度か目撃したこともあったから、目を惹く意味で大いに貢献しているのだろうと思い直した。
一ノ瀬さんが熱量込めて撮影したものを、僕や大友さんが文章を添えて投稿する。
「なんか、自分が紹介したいって思わないものは、言葉が出てこないんです」
「文章の仕事と一緒だよ」
大友さんは性格からして自分の好きな本に関してはスラスラと文章を綴ることができたが、本部から指定された商品に関してはまるで駄目だった。
彼女のできない商品の紹介を僕が担当する。
指示されたものを紹介するのに拒絶反応を示す彼女を見て、僕はなぜか安心する。
ただ、それを許してしまうと何も進まなくなるわけで。僕はやんわりと大友さんのやる気が上がる言葉を探す。
「セールスライティングの勉強のつもりで考えてみたら?」
「文章の勉強は蒼さんに教わってるから大丈夫です」
「これも勉強になると思うけどな」
「鼻息が荒い文章を書くのが嫌です」
「小説家になるんだったら、いろんな種類の文章を書けた方が良いと思うよ。それに最近は小説家自身もSNSを使って自身の本のPRもしているし、そういうの勉強しておいた方がいいんじゃない」
「無理やり小説家に繋げないでくださいよ。もう!」
もともと機嫌悪かったのか機嫌を損ねてしまったのかわからないが、大友さんは声を荒げて向こうに行ってしまった。
大友さんの声が聞こえたのか藤野店長が慌てて事務所から駆け付けてきた。
「また何かあった?」
「あ、いえ、僕が大友さんを怒らせてしまいました」
ここ最近、大友さんは頻繁に些細な問題を起こすようになった。
口の悪い年配のお客さんと口論になることもあれば、終わりの見えない大量の品出しに我慢の限界を迎え、バックヤードで返品本を乱暴に段ボールへと投げ入れていることもしばしば見かけた。
「最近は少し褒められる態度じゃない時が多いからなあ。ちょっと話してみるよ」
「お願いします」
藤野店長は大友さんに甘い。というか、僕ら同じお店で働く人間に対して甘い。
どこまでも寛容なのは、揉め事自体を極端に嫌う性格だからではないだろうか。
その寛容さに僕らは何度も救われていることもあるが、状況によっては大友さんのように自制心が減ってしまった状態の人間を野放しにしてしまう危険もある。
結局はどんな人間も厳格さと寛容さをいい塩梅で使い分ける必要がある。
しばらくすると、藤野店長が戻ってきた。
「大友さんと話してみたよ。彼女、最近ちょっと忙しくて一杯一杯になってるみたいだからさ、もう少し気にかけてあげよう」
藤野店長はどこまでも寛容だった。
「それは別に問題ありませんけど……」
僕は肚落ちしない返事をする。
「家の事情もあるし、大変なんだよ、きっと」
「家の事情?」
「あ、いや、聞かなかったことにして」
わかりやすくやらかした表情を作った藤野店長は、常連客のお婆さんに呼び止められたから、すぐに僕のもとを離れることに成功した。
仕事に私情を挟むのはいかがなものかとも思うが、大友さんはまだ高校二年生だ。きっと彼女にしかわからない悩みが沢山あるのだろう。
そういえば。
大友さんは文芸棚の一角に作家さんの小説を並べることを計画していたはず。
それを口実にもう一度大友さんに話しかけてみようか。いや、今はまだむしゃくしゃしている最中だろうから、明日にでも。
そんなことを考えながら、おもむろにお店のパソコンからSNSにアクセスする。
一通のDMが届いていた。
前言撤回。僕はバックヤードへと走る。
「大友さん」
「……なんですか」
勢いよく扉を開けてしまったから、大友さんはかなり驚き、抱えている文庫本を数冊落とした。
「”ミオリ”さんから返事が来てるよ」
落ちた文庫本を拾いながらそう言ったら、大友さんは「え、え……?」と、言葉にならない声を出した。
手始めに系列店や出版社はもちろん、周辺地域のお店や企業などのアカウントもくまなく調べてフォローした。
プロフィールに掲載する写真は、撮影担当の一ノ瀬さんが自慢の一眼レフカメラで店内を撮影したものを使った。
写真の出来はお店のスタッフからも好評で、一ノ瀬さんはそれで自信が付いたのか、自宅から真っ白な背景シートを持ってきては事務所の空いたスペースに撮影コーナーを作ってしまった。
使わない時はシートを丸めれば綺麗に片付けることができるようにと周りへの配慮も忘れなかったから、お店のスタッフはおすすめの本を見つけると一ノ瀬さんに紹介するという流れが生まれた。
好きなことに関して一途な一ノ瀬さんは、徐々にその行動力を見せ始め、一緒に働いている人達をいい意味で驚かせている。
掲示板を貼り付けるスペースが空いていると、出先で撮影した街や海の風景写真をA4サイズにプリントアウトして貼ったり、猫の本が並ぶ棚の上部に気持ちよさそうにぐっすりと眠っている猫の写真を貼ったり。
やりすぎなのではないかと思ったが、写真を見つけては「可愛い」と言っているお客さんを何度か目撃したこともあったから、目を惹く意味で大いに貢献しているのだろうと思い直した。
一ノ瀬さんが熱量込めて撮影したものを、僕や大友さんが文章を添えて投稿する。
「なんか、自分が紹介したいって思わないものは、言葉が出てこないんです」
「文章の仕事と一緒だよ」
大友さんは性格からして自分の好きな本に関してはスラスラと文章を綴ることができたが、本部から指定された商品に関してはまるで駄目だった。
彼女のできない商品の紹介を僕が担当する。
指示されたものを紹介するのに拒絶反応を示す彼女を見て、僕はなぜか安心する。
ただ、それを許してしまうと何も進まなくなるわけで。僕はやんわりと大友さんのやる気が上がる言葉を探す。
「セールスライティングの勉強のつもりで考えてみたら?」
「文章の勉強は蒼さんに教わってるから大丈夫です」
「これも勉強になると思うけどな」
「鼻息が荒い文章を書くのが嫌です」
「小説家になるんだったら、いろんな種類の文章を書けた方が良いと思うよ。それに最近は小説家自身もSNSを使って自身の本のPRもしているし、そういうの勉強しておいた方がいいんじゃない」
「無理やり小説家に繋げないでくださいよ。もう!」
もともと機嫌悪かったのか機嫌を損ねてしまったのかわからないが、大友さんは声を荒げて向こうに行ってしまった。
大友さんの声が聞こえたのか藤野店長が慌てて事務所から駆け付けてきた。
「また何かあった?」
「あ、いえ、僕が大友さんを怒らせてしまいました」
ここ最近、大友さんは頻繁に些細な問題を起こすようになった。
口の悪い年配のお客さんと口論になることもあれば、終わりの見えない大量の品出しに我慢の限界を迎え、バックヤードで返品本を乱暴に段ボールへと投げ入れていることもしばしば見かけた。
「最近は少し褒められる態度じゃない時が多いからなあ。ちょっと話してみるよ」
「お願いします」
藤野店長は大友さんに甘い。というか、僕ら同じお店で働く人間に対して甘い。
どこまでも寛容なのは、揉め事自体を極端に嫌う性格だからではないだろうか。
その寛容さに僕らは何度も救われていることもあるが、状況によっては大友さんのように自制心が減ってしまった状態の人間を野放しにしてしまう危険もある。
結局はどんな人間も厳格さと寛容さをいい塩梅で使い分ける必要がある。
しばらくすると、藤野店長が戻ってきた。
「大友さんと話してみたよ。彼女、最近ちょっと忙しくて一杯一杯になってるみたいだからさ、もう少し気にかけてあげよう」
藤野店長はどこまでも寛容だった。
「それは別に問題ありませんけど……」
僕は肚落ちしない返事をする。
「家の事情もあるし、大変なんだよ、きっと」
「家の事情?」
「あ、いや、聞かなかったことにして」
わかりやすくやらかした表情を作った藤野店長は、常連客のお婆さんに呼び止められたから、すぐに僕のもとを離れることに成功した。
仕事に私情を挟むのはいかがなものかとも思うが、大友さんはまだ高校二年生だ。きっと彼女にしかわからない悩みが沢山あるのだろう。
そういえば。
大友さんは文芸棚の一角に作家さんの小説を並べることを計画していたはず。
それを口実にもう一度大友さんに話しかけてみようか。いや、今はまだむしゃくしゃしている最中だろうから、明日にでも。
そんなことを考えながら、おもむろにお店のパソコンからSNSにアクセスする。
一通のDMが届いていた。
前言撤回。僕はバックヤードへと走る。
「大友さん」
「……なんですか」
勢いよく扉を開けてしまったから、大友さんはかなり驚き、抱えている文庫本を数冊落とした。
「”ミオリ”さんから返事が来てるよ」
落ちた文庫本を拾いながらそう言ったら、大友さんは「え、え……?」と、言葉にならない声を出した。