「館山は、この会社にずっと居続けるつもりなの?」


野暮な質問だったかもしれない。

言葉に(ねた)みのような成分が含まれていることを、言ってから気が付いた。

けれど館山はそんなことお構いなしに、何の気兼(きが)ねもせず自らの人生設計を話し出した。


「前にも言ったけど、俺は彼女と結婚するつもりだし、子供も欲しい。いざ会社で働いてみるとさ、確かに納得できないことがいっぱいあるじゃん。

若いからって理由だけで仕事を押し付けられたり、親父くらいの年齢の人間が自分より仕事できないくせに倍以上の給料をもらっていたり。俺も高倉みたいに、世の中はなんて理不尽なんだって結構ショック受けてた時期あったんだぜ」


途中の自販機でコーヒーを買う館山の後ろ姿は、僕よりも一回りも二回りも大きく見える。自販機を指さして「なんか飲む?」と言われたが、同期から奢られるのは僕のプライドが許さなかったから断った。


「でもさ、福利厚生がしっかりしてて、ボーナスもしっかり出るこの会社にいると結構都合がいいんだ。まず経済的な心配事はなくなるし、大手企業の名前は結婚の説得にも利用できる。社会的信用ってやつだな。向こうのご両親も説得しやすいんだ」


館山の人生設計は、明確で分かりやすい。

この会社を人生の一部分にしている。

けれど、模範解答のようにその目標に向かっていく姿勢を理解することは、僕には難しい。会社から与えられるものを頼りに生きていくことは、会社の存在無しには生きられないこと。

そんな怖いことを、僕はできない。

もし僕に生涯を共に過ごすパートナーがいれば、自然とこういう思考になっていっただろうか。いや、きっと答えは変わらない。


「館山は、立派だな」


心にもないことを。


「何言ってんだ。みんな一緒だろ。じゃ、俺そろそろ行くわ」


館山はそう言って自分の班員が集う休憩所に向かおうとする。


「あ、そうだ。好きだったらちゃんと護ってやれよ」

「余計なことは言わんでいい。早く行けよ」

「はいはい。じゃあな」


意気揚々と休憩所へと向かう館山とは対照的に、僕の足取りは重い。一人になった途端に全身の緊張が弛緩し、一気に身体が重くなるのがわかった。それ以来、僕は館山と会う頻度が極端に減った。

僕が避けるようになったのもあるかもしれないが、あいつの方から話しかけてこなくなったのも間違いなくある。

要領がいい館山のことだ。あいつなりに何か理由があるのだろう。

噂話を聞いてから、他人が僕のことをどう思っているのだろうと悪い風に捉えることが多くなった。

が、すぐに自分のことなんてどうでも良くなった。

”人生詰子”が投稿する動画のコメント欄の誹謗中傷が目立つのに比例するように、田中さんの体調が悪化していったからだ。