「お待たせしました。蒼さんは、何か買わなくて良いいんですか?」

「大丈夫。特に欲しいものないし」

「せっかくだから、蒼さんも何か買っていけばいいのに」

「あいにく今欲しい本はないんだ」


本来の目的は売り場の情報収集だったから、本を買うという意識は微塵(みじん)もなかった。それに2人に流されるように本を買うのは、なぜか同調するような気もして、反骨心のようなものが僕を迷いなく拒否らせた。

スマホの画面を見ると、時間はお昼を過ぎていた。

外に出ると髪を靡かせるほどの風が吹いていたが、季節を忘れさせるほどの暖かい陽気は、これから帰宅して仕事を進めようとする僕のやる気を必要以上に削いでくる。

電車に乗り、自宅の最寄り駅に到着する。二人はそのまま海猫堂のある汐丘駅へと向かうため、車内で解散になった。


「それじゃ、二人とも、お先」

「本当に行かないんですか?」

「うん。仕事があるからね。大友さん、課題は忘れずやっておいてね」

「わかってますって。任せてください」

「提出期限、いつだっけ」

「……今日」

「一ノ瀬さん、大友さんがちゃんとやるかどうか見張ってて」

「ふふっ。わかりました」


電車の扉が閉まる前に一ノ瀬さんは一礼し、その隣で大友さんはじいっと僕の方を見てきたから、柄にもなくひらひらと手を振って応える。

電車が行くと途端に緊張の糸がが切れたのか、無意識に大きく息を吐く。それから帰路に足を進めた。

大友さんからメッセージアプリを通して課題が送られてきたのは、深夜2時を過ぎた頃だった。

惜しくも期限が切れていたが、ここまで頑張ったことに対する労いの言葉はかけておく。『お疲れ。頑張ったね』と送ると、すぐに口から魂が抜けた猫のスタンプが送られてきた。

自分の仕事をひと段落させてから、大友さんから送られてきた文章を確認する。

彼女は端的に言葉を選んで短く伝える技術が身に付いているようで、僕が教えたライターとしての文章の書き方を自分のものにしつつあった。おそらく自力で案件をこなすことができるだろう。

そんな彼女の成長に感心したが、同時に一つだけ憂慮せずにはいられないことができた。

ーー小説家を目指す彼女の足を引っ張ることにならないか。

彼女の文章は、情報を伝えるだけの必要最低限の単語がただ並べられている淡白なものへと変わっていた。

初めの頃は余計な情報まで書き並べてしまうため、それを削るという添削を何度かしたが、最近は結論に行き着くための補足を書き加えるよう指導することが多くなった。

割り切って情報を削っているだけならまだいいが、細部まで思考を巡らせないようになっていたら。

もしそうだったとしたら、小説家が持つ繊細な表現ができなくなってしまうのではないか。ライターで目先のお金を稼ぐことはできても、小説という唯一無二の作品を生み出すことはできなくなるのではないか。

他人の目標に口出しするのはどうかと思うが、どうしてもそう思わずにはいられない。

そもそも、大友さんはどうして小説家になりたいのだろう。

僕は彼女のことをもっと知らなければいけないのではないか。