すっかり打ち解けた(あたらし)さんは、今度は自分が担当している売り場をわざわざ紹介してくれた。

彼女の仕事の手を止めているのではないだろうかと心配になったが、せめて売り場だけでも紹介させて欲しいと反対に懇願された。その雰囲気がどことなく藤野店長に似ているように思ったのは、僕だけではないはずだ。

案内されたのは、文芸棚の奥にある小さな平台だった。


「ほんやの、ほん?」

「”本屋の本”です。作中に本屋が登場する小説や漫画を集めているんです。実際に本屋をしている人のエッセイもありますよ。そうですねぇ、個人的には、この個人書店が紹介されているガイドブックなんかもおすすめです。あとは……」


新さんはスイッチが入ったのか、次々に売り場の本を手に取り、求めてもいないのに語り始めた。かもめ書店での異端児(いたんじ)、いや、元気印である大友さんがここまでたじろいでいるのは、なんというか、新鮮に見える。


「この売り場の本は、全部新さんが選んだのですか?」


一ノ瀬さんが訊く。


「ええ。私、いろんな本屋さんを回るのが趣味で、いつか本屋さんを紹介する機会を作りたいと思っていたの。今は本屋自体が経営が厳しいから、どうにかして手助けができないかって思ってて。社員さんに企画書を作って提案してみたら、特別に売り場を設けてくれたの。売れなかったら、すぐになくなっちゃうんですけどね。あ、いけない!ちょっと失礼します」


新さんはレジの応援を呼ばれたらしく、慌てて駆け出して行ってしまった。


「なんか新さん、すごいっすね……」


なぜか語尾が変わった大友さんは、しばらく呆気(あっけ)に取られて立ち尽くしている。

好きなことへの情熱と、それから湧き上がる使命感。

背景を知ってからあらためて売り場に目をやると、隅っこにある売り場が、お店の中で最も際立っているように感じた。きっと世界に発信すべきものは、こういうものなのではないだろうか。


「この小説、面白そう」

「一ノ瀬さん?」

勝手に圧倒されていた僕と大友さんをよそに、一ノ瀬さんは新さんが作った売り場を(たの)しそうに物色している。

相変わらずマイペースに書店を楽しむ彼女を見ていると、忘れかけたものを思い出させてくれるような気がする。


「素敵な売り場ですね。新さんの本屋好きがすごく伝わってきます」

「なんていうか、熱量がすごいね」

「……」

「大友ちゃん?」

「……なんか、あたし、ちょっと自信なくなってきちゃいました」

「どうして?」

「だって、新さんは純粋に本が好きなんだって感じが伝わってきて、あたしは、そこまで本好きじゃないっていうか、志が高くないというか……」

「わたしから見たら、大友ちゃんも十分本好きだと思うけどなあ」

「そうですかね……」


思ったことを素直に口にする大友さんと、欲しい時に共感してくれる一ノ瀬さん。

普段はおどおどしていることが多い一ノ瀬さんは、時々しっかり者のお姉さんのように、そして大友さんは、年相応に見えることがある。そんな姉妹のような2人を僕はただ傍観する。


「難しく考えずに、とりあえずお店を楽しもうよ」

「そ、そうですね……!」


ジェットコースターのようにアップダウンする大友さんは落下スピードこそ速いが、上昇するのも速い。不安定な彼女には、安定した一ノ瀬さんの存在が欠かせないのかもしれない。