詳しく聞いてみると、どうやら店員さんは先日の新聞の地域欄に目を通していたらしかった。
万引き犯を捕まえた事件の後日、大友さんは地元の新聞記者に取材されていた。
記者には捕まえたのは自分ではなく通りすがりの人であると答えていたのだが、後日発行された新聞を見ると『万引き犯を取り押さえたお手柄店員。しかも女子高生!』という見出しが付けられていたから驚いた。
誇張表現をそのまま受け取った人、特に新聞に目を通すことを日課にしている世代の人間から持ち上げられているのは認識していたが、どうやらそれだけにとどまっていないらしい。
湾曲した事実の報道は後に本人に影響を与える。そのほとんどが悪い意味で。
プロの記者、いわゆるライターという職業の恐ろしさを感じた瞬間だった。
大友さんの頭の上にはてなマークがたくさん浮かんでいるように見えたが、やがて合点がいったのか、握手を求められた際になぜか申し訳なさそうに「いや、ほんとすみません……」と頭を下げながらもしっかり右手は差し出していた。大友さんも基本的には断れない性格をしているらしい。
「取り押さえた方が女子高生で、しかもこんなに可愛いなんて。同じ書店員として誇りに思います」
「取り押さえた?かわいい?お姉さん、頭大丈夫ですか?」
握った手を離さない店員さんはどちらかというと一ノ瀬さんのように物静かそうな見た目をしているのだが、性格は相当ミーハーのようだ。というか、今の状態は盲目的な信者のようで、少し恐ろしくも感じる。
新茉由さんという店員さんは大友さんの連れである僕と一ノ瀬さんも一緒に受け入れてくれた。
まさか他店の店員にこういう形で接点を持てるとは思っていかった。これは売り場のことを聞く大きなチャンスなのではないだろうか。
待てよ。冷静に考えると、自分も新聞記者と何も変わらないのではないか。
「作家さんのサインって、どうすれば貰えるんですか?」
新さんはすっかり僕らのことを同族だと受け入れてくれたみたいで、あっさりと種を明かしてくれた。
「これは文化堂書店の本部の人が出版社や作家さんに依頼したものなんです。作家さんの新刊が出る時や小説がメディアに取り上げられた時に、本部が売り場での宣伝用として出版社さんにサイン色紙をいくつか依頼し、売上が見込めそうな店舗にサイン色紙を送るのです」
「宣伝用……意外と戦略的なんですね……」
戸惑いを隠せない大友さんが何を思ったのかはわからないが、大体は想像が付く。
「あ、でも、出版社の営業さんが作家さんを連れて直接書店周りで訪れてくださることもありますよ。たまにうちのお店にも作家さんが来て、直接サインを書いてくれることもあります」
どちらにしろ、そこにあるサイン色紙は売り上げ促進用として生み出されたものだということに違いない。無論、悪いわけではない。
販売店はお客さんの購入意欲をそそるために必要以上に宣伝するのは至極当然のこと。
特に薄利多売の営業形態にも関わらず、紙の本自体の需要が減ってきた現代で書店が生き残るためには、使えるものは何でも使わなければいけない。
話題性や箔を作るために設けられたくさんの賞もそう。
人気作家であれば、SNSを駆使し、自らの集客力を使って売り上げに貢献する。この業界は、本に関わる人間が総出で商品を売らなければ生き残れない厳しい世界なのだ。
「じゃあ、サインを貰うことは難しそうですね……」
そんなリアルが大友さんにしっかり突き刺さったみたいで、彼女の表情には陰りが見え始めた。言葉数が少なくなった大友さんに替わって一ノ瀬さんがお店に来た経緯を説明すると、新さんは少し考えてから、
「SNSを使っているんだったら、作家さんに直接サインをお願いしてみてはいかがですか。書店からの依頼だったら、きっと喜んで書いてくれるはずですよ」
と言った。
たしかに、自分の書いた本を店頭で宣伝したいと言ってくれる書店を嫌がる理由なんてない。僕らはその作家さんの売り場を作ってSNSに投稿すれば、お互いに損することなんて何もないのでは。
「そっか……お店の宣伝とか商品の紹介だけじゃなくても良いんだ」
活路を見出したようで、大友さんは次第に元気を取り戻す。
「あいにく文化堂書店ではSNS運用をしていないので、必ず上手く行くとは限りませんが」
「いえ、すごく参考になります!ありがとうございます!」
元気を取り戻した大友さんは深々と頭を下げる。振り返って一ノ瀬さんの方を見ると、彼女は頷きながら熱心にメモを取っていた。
万引き犯を捕まえた事件の後日、大友さんは地元の新聞記者に取材されていた。
記者には捕まえたのは自分ではなく通りすがりの人であると答えていたのだが、後日発行された新聞を見ると『万引き犯を取り押さえたお手柄店員。しかも女子高生!』という見出しが付けられていたから驚いた。
誇張表現をそのまま受け取った人、特に新聞に目を通すことを日課にしている世代の人間から持ち上げられているのは認識していたが、どうやらそれだけにとどまっていないらしい。
湾曲した事実の報道は後に本人に影響を与える。そのほとんどが悪い意味で。
プロの記者、いわゆるライターという職業の恐ろしさを感じた瞬間だった。
大友さんの頭の上にはてなマークがたくさん浮かんでいるように見えたが、やがて合点がいったのか、握手を求められた際になぜか申し訳なさそうに「いや、ほんとすみません……」と頭を下げながらもしっかり右手は差し出していた。大友さんも基本的には断れない性格をしているらしい。
「取り押さえた方が女子高生で、しかもこんなに可愛いなんて。同じ書店員として誇りに思います」
「取り押さえた?かわいい?お姉さん、頭大丈夫ですか?」
握った手を離さない店員さんはどちらかというと一ノ瀬さんのように物静かそうな見た目をしているのだが、性格は相当ミーハーのようだ。というか、今の状態は盲目的な信者のようで、少し恐ろしくも感じる。
新茉由さんという店員さんは大友さんの連れである僕と一ノ瀬さんも一緒に受け入れてくれた。
まさか他店の店員にこういう形で接点を持てるとは思っていかった。これは売り場のことを聞く大きなチャンスなのではないだろうか。
待てよ。冷静に考えると、自分も新聞記者と何も変わらないのではないか。
「作家さんのサインって、どうすれば貰えるんですか?」
新さんはすっかり僕らのことを同族だと受け入れてくれたみたいで、あっさりと種を明かしてくれた。
「これは文化堂書店の本部の人が出版社や作家さんに依頼したものなんです。作家さんの新刊が出る時や小説がメディアに取り上げられた時に、本部が売り場での宣伝用として出版社さんにサイン色紙をいくつか依頼し、売上が見込めそうな店舗にサイン色紙を送るのです」
「宣伝用……意外と戦略的なんですね……」
戸惑いを隠せない大友さんが何を思ったのかはわからないが、大体は想像が付く。
「あ、でも、出版社の営業さんが作家さんを連れて直接書店周りで訪れてくださることもありますよ。たまにうちのお店にも作家さんが来て、直接サインを書いてくれることもあります」
どちらにしろ、そこにあるサイン色紙は売り上げ促進用として生み出されたものだということに違いない。無論、悪いわけではない。
販売店はお客さんの購入意欲をそそるために必要以上に宣伝するのは至極当然のこと。
特に薄利多売の営業形態にも関わらず、紙の本自体の需要が減ってきた現代で書店が生き残るためには、使えるものは何でも使わなければいけない。
話題性や箔を作るために設けられたくさんの賞もそう。
人気作家であれば、SNSを駆使し、自らの集客力を使って売り上げに貢献する。この業界は、本に関わる人間が総出で商品を売らなければ生き残れない厳しい世界なのだ。
「じゃあ、サインを貰うことは難しそうですね……」
そんなリアルが大友さんにしっかり突き刺さったみたいで、彼女の表情には陰りが見え始めた。言葉数が少なくなった大友さんに替わって一ノ瀬さんがお店に来た経緯を説明すると、新さんは少し考えてから、
「SNSを使っているんだったら、作家さんに直接サインをお願いしてみてはいかがですか。書店からの依頼だったら、きっと喜んで書いてくれるはずですよ」
と言った。
たしかに、自分の書いた本を店頭で宣伝したいと言ってくれる書店を嫌がる理由なんてない。僕らはその作家さんの売り場を作ってSNSに投稿すれば、お互いに損することなんて何もないのでは。
「そっか……お店の宣伝とか商品の紹介だけじゃなくても良いんだ」
活路を見出したようで、大友さんは次第に元気を取り戻す。
「あいにく文化堂書店ではSNS運用をしていないので、必ず上手く行くとは限りませんが」
「いえ、すごく参考になります!ありがとうございます!」
元気を取り戻した大友さんは深々と頭を下げる。振り返って一ノ瀬さんの方を見ると、彼女は頷きながら熱心にメモを取っていた。