カゴの前に小さく貼ってある張り紙には”この本の物語が、あなたの心を彩りますように”と書かれていた。柔らかく丸みを帯びたその文字は、言葉通りの願いが込められているように見える。
カゴの中には単行本1冊分くらいの大きさの真っ白な紙袋が10冊程入っている。その中の一つを徐に手に取ると、袋には切り取り線だけが付けられていた。簡単に開けられるような細工がされているようだ。
「袋の中にある本がわからないようになってるんだ」
「くじ引きみたいな感じですか?」
「多分ね。バーコードがないから、レジでお会計をする時に袋を開けるんだと思う」
いかにもお店の人が作りましたというような白い紙袋。小学生くらいの子供をターゲットに作った販売促進用の施策だろうか。
ただ、カゴの中に礼儀正しく整えられた紙袋が手に取られた様子がほとんどない。お小遣いでやりくりする子供からしたら、わざわざ中身がわからない本にお金を払うのはハードルが高すぎるのではないだろうか。
「ひとつ買ってみようかな」
一ノ瀬さんはそう言って、何の捻りもなく手前の紙袋を手に取り、大事そうに抱えた。
「つまんない本だったらどうするんですか」
大友さんがまたストレートな発言をする。とはいえ、僕も思っていたことを代弁してくれてもいるから、黙って聞いておく。
「店員さんが一生懸命選んでくれたものだから、絶対素敵な本だよ」
大友さんはぽかんとした表情をしたが、その後すぐに「一ノ瀬さんがいいっていうんなら、いいですけど」と口にした。
「でも、これをかもめ書店でやるのは、少し難しそうですね」
買うのとやるのは別の話みたいだ。
一ノ瀬さんは、この施策に肯定的な考えを持つと思ったが、一ノ瀬さんは至って冷静に難色を示した。詳しく訊いてみると、彼女は無意識に顎を触りながら少し考え、すぐに自分の考えをハキハキと述べ始めた。
「まず、本の選定が難しいと思います。子供達に向いている本が何なのかがわかっていないと、できないでしょう」
見た目も振る舞いも遠慮がちなように見える彼女は、実は自分の考えをしっかり持っている人間でもある。そういう一面は既に僕らは知っている。
かもめ書店で働く人たちからは相変わらずお淑やかな女の子のように扱われているが、僕と大友さんは海猫堂でテキパキと働く姿を見てから、一ノ瀬さんに対する反応が変わった。もちろん良い意味で。
「たしかに。くじ引きだけど、ギャンブルじゃない。ハズレがあるとまずいもんね」
「はい。せっかく買ったものがつまらなかったら、本を読むこと自体嫌いになりかねません。だからこの施策は、わたし達には簡単にはできなさそう」
「だよね」
「あたし達の好きな本を入れちゃダメなんですか?”かもめ書店の店員が選んだおすすめ本”みたいな」
僕と一ノ瀬さんが難しく捉えていると、大友さんが割って入る。
一見独りよがりなアイデアなようにも思うが、大友さんが言うと不思議とできなくもないと思えてくるから不思議だ。
「それだったら思いきって”大友ちゃんが選んだ本コーナー”にする方が良いかも」
「あたしそんなに人気者じゃないですよ」
「万引き犯を捕まえてからすっかり有名人な気がする。大友ちゃん選定コーナーを作ったら、きっとお客様も喜んでくれるんじゃないかな」
一ノ瀬さんがにっこり微笑みかけると、
「うえー。でも、あたし目立つの無理です」
と、苦虫をつぶしたような表情を作って不細工な悲鳴をあげた。何をいまさら。
結局のところ中身がわからないお楽しみ袋本は僕らに響くアイデアではなさそうだったから、これ以上話が発展することはなかった。
カゴの中には単行本1冊分くらいの大きさの真っ白な紙袋が10冊程入っている。その中の一つを徐に手に取ると、袋には切り取り線だけが付けられていた。簡単に開けられるような細工がされているようだ。
「袋の中にある本がわからないようになってるんだ」
「くじ引きみたいな感じですか?」
「多分ね。バーコードがないから、レジでお会計をする時に袋を開けるんだと思う」
いかにもお店の人が作りましたというような白い紙袋。小学生くらいの子供をターゲットに作った販売促進用の施策だろうか。
ただ、カゴの中に礼儀正しく整えられた紙袋が手に取られた様子がほとんどない。お小遣いでやりくりする子供からしたら、わざわざ中身がわからない本にお金を払うのはハードルが高すぎるのではないだろうか。
「ひとつ買ってみようかな」
一ノ瀬さんはそう言って、何の捻りもなく手前の紙袋を手に取り、大事そうに抱えた。
「つまんない本だったらどうするんですか」
大友さんがまたストレートな発言をする。とはいえ、僕も思っていたことを代弁してくれてもいるから、黙って聞いておく。
「店員さんが一生懸命選んでくれたものだから、絶対素敵な本だよ」
大友さんはぽかんとした表情をしたが、その後すぐに「一ノ瀬さんがいいっていうんなら、いいですけど」と口にした。
「でも、これをかもめ書店でやるのは、少し難しそうですね」
買うのとやるのは別の話みたいだ。
一ノ瀬さんは、この施策に肯定的な考えを持つと思ったが、一ノ瀬さんは至って冷静に難色を示した。詳しく訊いてみると、彼女は無意識に顎を触りながら少し考え、すぐに自分の考えをハキハキと述べ始めた。
「まず、本の選定が難しいと思います。子供達に向いている本が何なのかがわかっていないと、できないでしょう」
見た目も振る舞いも遠慮がちなように見える彼女は、実は自分の考えをしっかり持っている人間でもある。そういう一面は既に僕らは知っている。
かもめ書店で働く人たちからは相変わらずお淑やかな女の子のように扱われているが、僕と大友さんは海猫堂でテキパキと働く姿を見てから、一ノ瀬さんに対する反応が変わった。もちろん良い意味で。
「たしかに。くじ引きだけど、ギャンブルじゃない。ハズレがあるとまずいもんね」
「はい。せっかく買ったものがつまらなかったら、本を読むこと自体嫌いになりかねません。だからこの施策は、わたし達には簡単にはできなさそう」
「だよね」
「あたし達の好きな本を入れちゃダメなんですか?”かもめ書店の店員が選んだおすすめ本”みたいな」
僕と一ノ瀬さんが難しく捉えていると、大友さんが割って入る。
一見独りよがりなアイデアなようにも思うが、大友さんが言うと不思議とできなくもないと思えてくるから不思議だ。
「それだったら思いきって”大友ちゃんが選んだ本コーナー”にする方が良いかも」
「あたしそんなに人気者じゃないですよ」
「万引き犯を捕まえてからすっかり有名人な気がする。大友ちゃん選定コーナーを作ったら、きっとお客様も喜んでくれるんじゃないかな」
一ノ瀬さんがにっこり微笑みかけると、
「うえー。でも、あたし目立つの無理です」
と、苦虫をつぶしたような表情を作って不細工な悲鳴をあげた。何をいまさら。
結局のところ中身がわからないお楽しみ袋本は僕らに響くアイデアではなさそうだったから、これ以上話が発展することはなかった。