バックヤードに応援を呼ぶチャイムが鳴り響く。僕は急いでレジの方へと向かう。お客さんが混んでくる時間帯に差し掛かっていたため、大友さんと一ノ瀬さんの2人では対応しきれなくなったのだろう。
「蒼さん、ご注文のお客様の対応をお願いします」
「はーい。こちらのカウンターで承ります」
受付カウンターに向かいながらレジの方に目をやると、一ノ瀬さんが籠一杯に詰め込まれたコミックを四苦八苦しながら必死に読み取り機に通しているのが見えた。
隣のレジを担当する大友さんは、一ノ瀬さんがスキャンしたコミックを覆っているビニールを破き、ページの中に挟まれている防犯タグを外している。
並んでいる2人の動きは対照的だ。
大友さんはとにかく早く終わらせようとコミックのビニールを豪快に外しているが、隣にいる一ノ瀬さんは読み取り機にかざす手を少し震わせていた。
20冊以上の量が来たのと、大友さんのスピードに煽られるのと、向かいのお客さんから向けられる視線。さまざまな方向から感じるプレッシャーに耐えている一ノ瀬さんを心の中で応援しておく。
注文の対応を終えると、2人は律儀にお礼を言ってくれた。仕事であるためわざわざ言わなくても良いのになんて思いながら、わざと軽く返事をしておく。
しばらくするとお客さんも少なくなってきたため、大友さんはレジを離れて僕の方へとやってきた。
「雑誌抜き手伝いますよ」
そう言って僕から雑誌の入荷リストを半分受け取って作業を進めていく。
雑誌抜きとは、翌日入荷の納品リストを見ながら売り場にある前月号を撤去する作業だ。
撤去する雑誌がどの売り場にあるかを把握していなければいけないため、お店に長く勤めている人の方が作業が捗る。大友さんは僕より少し先輩であるもの、基本的にはレジ担当で売り場には滅多に出ないはずなのだが。
「いつ覚えたの?」
「松田さんと一緒にシフト入ってる時です。暇な時にレジ変わってもらって、少しずつやらせてもらってました。ほら、あたし馬鹿なんで、実際にやらないと覚えれないですし」
大友さんはリストから視線を逸らさず答える。
大友さんがシフトに入ってくれている時は、お店がスムーズに回る。それは単に作業量的な意味ではなく、彼女がお店にいることでお店自体の空気が明るくなるという雰囲気的な意味合いも含めて。
時折僕や藤野店長に仕事の愚痴やお客さんの文句を吐き出すこともあるが、こうやて自主的に仕事に取り組む姿に僕は素直に感心する。
おまけに僕が教えている文章の仕事の方は、そろそろ案件を任せてしまってもいいのではと思うほど上達している。
感情的になることも多いし、その感情に身を任せてめちゃくちゃすることもある。けれど一旦スイッチが入ると、爆発的な推進力を発揮し、スポンジのような吸収力であっという間に成長する。
スイッチの入れ方は本人もわかっていなさそうだが、そういうものを備えていること自体が素直に羨ましい。いや、自分に誠実に生きているのが羨ましいのかもしれない。
「大友さんって、頑張ってるよね」
自然と出た言葉を反芻する。その頑張りは、一体何のため?
「な、なんですか、急に」
「ああ、ごめん。言葉のままだよ」
「それはどうも」
どうやら僕の発言が大友さんの混乱を招いてしまったようで、彼女は僕の前を通る度に、何か言いたげな表情を作りながらちら見するようになってしまった。
手分けして作業をしたため、普段の半分くらいの時間で終えることができた。
売り場から撤去したら雑誌は、バックヤードにある返品用の段ボールに詰め込んでいく。箱詰め作業は唯一何も考えずに済む作業であるため楽なのだが、箱に詰められた書籍や雑誌を見ていると、どことなく残念な気持ちになるからあまり好きではない。
そんな後ろ向きな気持ちを、声の主がまた打ち破る。
大友さんはバックヤードに入るなり、突然目をきらつかせながら痒くなる言葉を堂々と言い放った。
「あたし、多分このお店が好きなんです。お客さんも、一緒に働いている人も。だから頑張れるんだと思います」
「突然どうした」
「さっき蒼さんに言われて、あたしはどうして頑張ってるように見えるのかなーって考えてたんですよ」
「それで僕の方をちらちら見てたの」
「はい。もしかして勘違いしました?」
「なにが?」
「冗談ですよ。そんなに怒らないでください」
ここ最近彼女のふざける頻度が増えているのは、気を許してくれているからだと前向きに捉えておいていいのだろうか。
「あたしの唯一の居場所なんです、ここは」
「唯一?」
「そう。あたし学校でも家でも居場所がないんで」
まっすぐな笑顔が向けられる。彼女の抱えているものが、見えそうになる。
「あ、ごめ……」
まずいと判断すると反射的に謝る。
そんな癖が付いていることに、今更ながら気が付く。全身が熱くなり、僕の思考は鈍くなる。
「や、そんなそんな、重く受け止めないでくださいよ。そう、あたしはこのお店が好きだから頑張れるんです」
僕の表情がこわばっていたのだろう。大友さんは、気を遣っていつものように明るい表情を作って纏めてくれた。
「蒼さんは、どうなんですか?」
答えることは決まっている。
「僕も同感。このお店はみんな優しいし、居心地が良いから頑張ろうと思える」
目を瞬かせた大友さんに取り繕った言葉がばれてしまわないか心配になったから、
「でも大友さんみたいに、万引き犯を追いかけるまではしないけど」
と、話題を逸らした。
「何すか。それじゃあ、あたし脳筋人間みたいじゃないですか」
「行動力があるって意味。褒めてるんだよ」
正しく答えられていただろうか。
まっすぐな大友さんに嫌悪感や劣等感を抱くのは、きっと今でも引きずっているから。
あの出来事を決して忘れたわけじゃないし、多分忘れたいわけでもないと思う。
そのあと大友さんは早上がりの一ノ瀬さんの代わりにレジに入り、僕はお店の清掃作業や棚の商品整理をした。
本部からの売り場に関する指摘が入ったようで、藤野店長はしばらく事務所に籠ってパソコンの画面を睨んでいた。
いつもと変わらない流れに戻り、僕はようやく安心する。
「蒼さん、ご注文のお客様の対応をお願いします」
「はーい。こちらのカウンターで承ります」
受付カウンターに向かいながらレジの方に目をやると、一ノ瀬さんが籠一杯に詰め込まれたコミックを四苦八苦しながら必死に読み取り機に通しているのが見えた。
隣のレジを担当する大友さんは、一ノ瀬さんがスキャンしたコミックを覆っているビニールを破き、ページの中に挟まれている防犯タグを外している。
並んでいる2人の動きは対照的だ。
大友さんはとにかく早く終わらせようとコミックのビニールを豪快に外しているが、隣にいる一ノ瀬さんは読み取り機にかざす手を少し震わせていた。
20冊以上の量が来たのと、大友さんのスピードに煽られるのと、向かいのお客さんから向けられる視線。さまざまな方向から感じるプレッシャーに耐えている一ノ瀬さんを心の中で応援しておく。
注文の対応を終えると、2人は律儀にお礼を言ってくれた。仕事であるためわざわざ言わなくても良いのになんて思いながら、わざと軽く返事をしておく。
しばらくするとお客さんも少なくなってきたため、大友さんはレジを離れて僕の方へとやってきた。
「雑誌抜き手伝いますよ」
そう言って僕から雑誌の入荷リストを半分受け取って作業を進めていく。
雑誌抜きとは、翌日入荷の納品リストを見ながら売り場にある前月号を撤去する作業だ。
撤去する雑誌がどの売り場にあるかを把握していなければいけないため、お店に長く勤めている人の方が作業が捗る。大友さんは僕より少し先輩であるもの、基本的にはレジ担当で売り場には滅多に出ないはずなのだが。
「いつ覚えたの?」
「松田さんと一緒にシフト入ってる時です。暇な時にレジ変わってもらって、少しずつやらせてもらってました。ほら、あたし馬鹿なんで、実際にやらないと覚えれないですし」
大友さんはリストから視線を逸らさず答える。
大友さんがシフトに入ってくれている時は、お店がスムーズに回る。それは単に作業量的な意味ではなく、彼女がお店にいることでお店自体の空気が明るくなるという雰囲気的な意味合いも含めて。
時折僕や藤野店長に仕事の愚痴やお客さんの文句を吐き出すこともあるが、こうやて自主的に仕事に取り組む姿に僕は素直に感心する。
おまけに僕が教えている文章の仕事の方は、そろそろ案件を任せてしまってもいいのではと思うほど上達している。
感情的になることも多いし、その感情に身を任せてめちゃくちゃすることもある。けれど一旦スイッチが入ると、爆発的な推進力を発揮し、スポンジのような吸収力であっという間に成長する。
スイッチの入れ方は本人もわかっていなさそうだが、そういうものを備えていること自体が素直に羨ましい。いや、自分に誠実に生きているのが羨ましいのかもしれない。
「大友さんって、頑張ってるよね」
自然と出た言葉を反芻する。その頑張りは、一体何のため?
「な、なんですか、急に」
「ああ、ごめん。言葉のままだよ」
「それはどうも」
どうやら僕の発言が大友さんの混乱を招いてしまったようで、彼女は僕の前を通る度に、何か言いたげな表情を作りながらちら見するようになってしまった。
手分けして作業をしたため、普段の半分くらいの時間で終えることができた。
売り場から撤去したら雑誌は、バックヤードにある返品用の段ボールに詰め込んでいく。箱詰め作業は唯一何も考えずに済む作業であるため楽なのだが、箱に詰められた書籍や雑誌を見ていると、どことなく残念な気持ちになるからあまり好きではない。
そんな後ろ向きな気持ちを、声の主がまた打ち破る。
大友さんはバックヤードに入るなり、突然目をきらつかせながら痒くなる言葉を堂々と言い放った。
「あたし、多分このお店が好きなんです。お客さんも、一緒に働いている人も。だから頑張れるんだと思います」
「突然どうした」
「さっき蒼さんに言われて、あたしはどうして頑張ってるように見えるのかなーって考えてたんですよ」
「それで僕の方をちらちら見てたの」
「はい。もしかして勘違いしました?」
「なにが?」
「冗談ですよ。そんなに怒らないでください」
ここ最近彼女のふざける頻度が増えているのは、気を許してくれているからだと前向きに捉えておいていいのだろうか。
「あたしの唯一の居場所なんです、ここは」
「唯一?」
「そう。あたし学校でも家でも居場所がないんで」
まっすぐな笑顔が向けられる。彼女の抱えているものが、見えそうになる。
「あ、ごめ……」
まずいと判断すると反射的に謝る。
そんな癖が付いていることに、今更ながら気が付く。全身が熱くなり、僕の思考は鈍くなる。
「や、そんなそんな、重く受け止めないでくださいよ。そう、あたしはこのお店が好きだから頑張れるんです」
僕の表情がこわばっていたのだろう。大友さんは、気を遣っていつものように明るい表情を作って纏めてくれた。
「蒼さんは、どうなんですか?」
答えることは決まっている。
「僕も同感。このお店はみんな優しいし、居心地が良いから頑張ろうと思える」
目を瞬かせた大友さんに取り繕った言葉がばれてしまわないか心配になったから、
「でも大友さんみたいに、万引き犯を追いかけるまではしないけど」
と、話題を逸らした。
「何すか。それじゃあ、あたし脳筋人間みたいじゃないですか」
「行動力があるって意味。褒めてるんだよ」
正しく答えられていただろうか。
まっすぐな大友さんに嫌悪感や劣等感を抱くのは、きっと今でも引きずっているから。
あの出来事を決して忘れたわけじゃないし、多分忘れたいわけでもないと思う。
そのあと大友さんは早上がりの一ノ瀬さんの代わりにレジに入り、僕はお店の清掃作業や棚の商品整理をした。
本部からの売り場に関する指摘が入ったようで、藤野店長はしばらく事務所に籠ってパソコンの画面を睨んでいた。
いつもと変わらない流れに戻り、僕はようやく安心する。