「あ、いたいた。君達に頼みたいことがあるんだ」
いつものように機嫌がよさそうな藤野店長が僕達に声をかける。
藤野店長は僕らスタッフには明るく振る舞うが、反対にお客さんに対しては驚くほど淡白に対応する。
ついさっきまで僕らに笑顔で話しかけていたのに、お客さんから商品を探して欲しいと声をかけられると、まるで人が変わったように抑揚がない声に変わる。
何年も接客を経験しながら多くの人間を見てきたのだろう。感情のかわし方というか、最もエネルギーを消費しない人間の対応方法が身体に染み付いているように見えた。
「頼みって、何ですか?」
お客さんを売り場に案内し終えた藤野店長に大友さんが訊いた。
「実は、3人でお店のSNSを運営してほしいんだ」
「お店のSNSですか?」
「そう。本部の指示で、SNSアカウントを作ってお店を宣伝することになったんだ。一ノ瀬さんは写真が得意だし、高倉くんはライターでもある。そして大友さんは、何よりこのお店の中で一番の目立っている。どう?1人だったら大変だと思うけど、3人だったら面白いものができると思わない?」
「あたし、ただのマスコットキャラじゃないですか」
「そんなことないよ。大友さんは何より感性が鋭いし思い切りが良い。だから一緒にやってみてほしいんだ」
「結局あたし能無しってことじゃないですか。頑張ります!」
大友さんは藤野店長にしっかり文句を言ってから快諾した。
企業のSNSに投稿するテキストを作成する仕事を引き受けていたから、ただでやるのは割に合わない。そもそも普段の業務も決して少なくない状況なのに、そんなこをする暇なんてあるのだろうか。
そう思っていたのに、大友さんが深く考えもせず独断で快諾してしまった。
「わ、わたしなんかの写真を使うんですか?大丈夫ですか?」
言わんこっちゃない。隣で一ノ瀬さんが緊張して固まってしまった。
「何言ってるんですか。一ノ瀬さんは喫茶店のメニューも撮影してるって聞きましたよ!できますって!」
これ以上広げないであげてくれ。
「初めは自分達の好きな本を紹介するくらいの気構えでいいから、気負わずにやってみな。あとでIDとパスワードを教えるね」
こうしてお店のSNS運用は藤野店長と大友さんによって半ば強引に引き受けることになった。
よく考えると、いつもこういうふうに上手く丸め込まれている気がする。決して悪い人選ではないのだけれど、心外に思うこともしばしばある。
適材適所で役割を分け与えるのは容易なことではない。
なりたくもないのに役職を与えられた班長や、逆にいつまでも今のポジションに居座り続ける無気力平社員。収まるところに収まっているような気がするが、決してそれだけではない。誰もやりたがらない役職は、実力とは関係なく順番に与えられることもある。
この前、藤野店長と雑談をしていた時、できれば店長ではなくただの社員のままでいいと言っていた。
上の人間が指示したことに断る余地がないのは、大人の常識として認知されている。ただ、この人は意外にも今のポジションを楽しそうに全うしているように見える。
それが不思議でならない時がある。
藤野店長を初めて見た時、この世にこんな人がいるんだと本気で驚いた。
「それと、秋のフェアが終わって文庫本の棚が一つ空いていたんだけど、SNSでの発信活動用も兼ねて売り場作りもやってみない?」
「わかりました!」
意気揚々と返事をする大友さんは、ひょっとして何も考えていないのではないだろうか。
売り場の一角を任されるということはお店の売り上げにも関わる重要な仕事。引き受けると最後まで責任を全うしなければいけないそんなものに手を出すのは、申し訳ないが正直面倒だ。
なのに大友さんに感化されたのか、一ノ瀬さんは小声で「頑張ります」と言ったから、僕の選択権はなくなってしまった。
いつものように機嫌がよさそうな藤野店長が僕達に声をかける。
藤野店長は僕らスタッフには明るく振る舞うが、反対にお客さんに対しては驚くほど淡白に対応する。
ついさっきまで僕らに笑顔で話しかけていたのに、お客さんから商品を探して欲しいと声をかけられると、まるで人が変わったように抑揚がない声に変わる。
何年も接客を経験しながら多くの人間を見てきたのだろう。感情のかわし方というか、最もエネルギーを消費しない人間の対応方法が身体に染み付いているように見えた。
「頼みって、何ですか?」
お客さんを売り場に案内し終えた藤野店長に大友さんが訊いた。
「実は、3人でお店のSNSを運営してほしいんだ」
「お店のSNSですか?」
「そう。本部の指示で、SNSアカウントを作ってお店を宣伝することになったんだ。一ノ瀬さんは写真が得意だし、高倉くんはライターでもある。そして大友さんは、何よりこのお店の中で一番の目立っている。どう?1人だったら大変だと思うけど、3人だったら面白いものができると思わない?」
「あたし、ただのマスコットキャラじゃないですか」
「そんなことないよ。大友さんは何より感性が鋭いし思い切りが良い。だから一緒にやってみてほしいんだ」
「結局あたし能無しってことじゃないですか。頑張ります!」
大友さんは藤野店長にしっかり文句を言ってから快諾した。
企業のSNSに投稿するテキストを作成する仕事を引き受けていたから、ただでやるのは割に合わない。そもそも普段の業務も決して少なくない状況なのに、そんなこをする暇なんてあるのだろうか。
そう思っていたのに、大友さんが深く考えもせず独断で快諾してしまった。
「わ、わたしなんかの写真を使うんですか?大丈夫ですか?」
言わんこっちゃない。隣で一ノ瀬さんが緊張して固まってしまった。
「何言ってるんですか。一ノ瀬さんは喫茶店のメニューも撮影してるって聞きましたよ!できますって!」
これ以上広げないであげてくれ。
「初めは自分達の好きな本を紹介するくらいの気構えでいいから、気負わずにやってみな。あとでIDとパスワードを教えるね」
こうしてお店のSNS運用は藤野店長と大友さんによって半ば強引に引き受けることになった。
よく考えると、いつもこういうふうに上手く丸め込まれている気がする。決して悪い人選ではないのだけれど、心外に思うこともしばしばある。
適材適所で役割を分け与えるのは容易なことではない。
なりたくもないのに役職を与えられた班長や、逆にいつまでも今のポジションに居座り続ける無気力平社員。収まるところに収まっているような気がするが、決してそれだけではない。誰もやりたがらない役職は、実力とは関係なく順番に与えられることもある。
この前、藤野店長と雑談をしていた時、できれば店長ではなくただの社員のままでいいと言っていた。
上の人間が指示したことに断る余地がないのは、大人の常識として認知されている。ただ、この人は意外にも今のポジションを楽しそうに全うしているように見える。
それが不思議でならない時がある。
藤野店長を初めて見た時、この世にこんな人がいるんだと本気で驚いた。
「それと、秋のフェアが終わって文庫本の棚が一つ空いていたんだけど、SNSでの発信活動用も兼ねて売り場作りもやってみない?」
「わかりました!」
意気揚々と返事をする大友さんは、ひょっとして何も考えていないのではないだろうか。
売り場の一角を任されるということはお店の売り上げにも関わる重要な仕事。引き受けると最後まで責任を全うしなければいけないそんなものに手を出すのは、申し訳ないが正直面倒だ。
なのに大友さんに感化されたのか、一ノ瀬さんは小声で「頑張ります」と言ったから、僕の選択権はなくなってしまった。