人に手錠がかけられるところを初めて見たが、ドラマとなんら変わりはないと思った。
警察に犯人を引き渡し終えると、僕と大友さんは二人の警官を連れてお店に戻ることになった。面倒だが、これから事情聴取を受けなければいけない。
僕と大友さんは大柄な通行人さんに何度も頭を下げると「今日ほど自分の体格を誇りに思ったことはないよ」と言って、すぐに街中へと消えていった。正義の味方とは、きっとこういう人間のことを言うのだろう。
お店に戻ると、休憩から戻っていた藤野店長が迎えてくれた。その顔は、まるで我が子を心配する父親のようだった。
五十嵐さんが事情を説明してくれていたのだろう。藤野店長は事務所を案内する。
「お疲れのところ申し訳ないけど、今からお店で起こったことを詳しく説明してもらえるかな」
犯人がどのタイミングで商品を鞄に入れたのか、どうのルートを進んだのか、その時僕らはどこにいたのか。無機質な質問に淡々と答え、その言葉が紙に記録されていく。
事情聴取には小1時間ほど費やされたが、その間五十嵐さんがお店に残ってくれから何事もなく営業できた。五十嵐さんには助けられてばかりだ。
「二人とも、お疲れさん」
警官が帰ると、藤野店長があらためて僕らを労い、
「こんな時に休憩に出ていてすまない」
と、謝罪をした。
「仕方ないですよ。犯人は店長の休憩を狙っていたかもしれませんし」
「残念だよ。よく来る人だったんだけどなあ」
藤野店長は寂しそうに呟く。犯人は、藤野店長とも何度か話す常連さんだった。
僕らは今後、たとえ常連さんであっても、その人が万引きをする人間かもしれないと疑うようにしなければいない。お客さんにそんな視線を向けることが、残念で仕方がない。
「大友さん、本当に大丈夫?」
「これくらい平気ですよ」
「髪も引っ張られてたって聞いたけど」
「大丈夫です。禿げてませんし」
大友さんはおどけるように言ったが、藤野店長は相変わらず厳しい眼差しを向ける。
「2人とも、もう万引き犯を見かけても絶対追いかけちゃ駄目だからね」
「どうしてですか?」
「もし、犯人がナイフを持っていたら、どうするつもり」
「そんな、漫画みたいなこと……」
「あるんだよ。僕の同僚は過去に万引き犯を追いかけて刺されているんだ」
それを聞いた途端、大友さんは俯きながら「すみません……」と言った。
自分の間違いを受け入れることができる素直さを持っていることが羨ましい。
「それに今回、関係ない人も巻き込んでしまっている。もし通行人がお年寄りや子供だったら、大怪我をしていたかもしれない」
もちろん犯人が悪いのは変わらない。けれど、もし追いかけた先で犯人が逆上し、目の前で通行人に怪我を負わせたら、僕らは悪くないと言い切れるだろうか。
「……でも、悪い人間を黙って見過ごすのは、嫌です」
大友さんは涙目になりながら、自らの正義を振り絞る。
見ているこちらが気恥ずかしくもなるが、羨ましいとすら思う。
「その心意気は立派だけど、実際大友さん自身が危険な目に遭ってるよね」
「これくらい平気ですって」
「大友さん自身は平気かもしれないけど、そういう問題じゃない。スタッフを怪我させちゃいけなし、それ以前に、怪我をした大友さんを見て悲しむ人もいるよ」
「悲しむ人なんていませんよ。あたし、親とか友達いないですし」
藤野店長は、溜息を吐く。
「とにかく、もう追いかけちゃ駄目」
納得しようがしまいが、この場を円滑に過ごすのに自由な選択権なんてない。そういうことも、大友さんは頭では理解していた。
「……わかりました」
大友さんが頷くと、僕らはようやく解放された。
その後すぐに一人で頑張ってくれている五十嵐さんのもとに行き、何度も謝罪をした。
五十嵐さんはいつもと変わらない調子で「じゃ、あとはよろしく」とだけ言い残し、帰っていった。
警察に犯人を引き渡し終えると、僕と大友さんは二人の警官を連れてお店に戻ることになった。面倒だが、これから事情聴取を受けなければいけない。
僕と大友さんは大柄な通行人さんに何度も頭を下げると「今日ほど自分の体格を誇りに思ったことはないよ」と言って、すぐに街中へと消えていった。正義の味方とは、きっとこういう人間のことを言うのだろう。
お店に戻ると、休憩から戻っていた藤野店長が迎えてくれた。その顔は、まるで我が子を心配する父親のようだった。
五十嵐さんが事情を説明してくれていたのだろう。藤野店長は事務所を案内する。
「お疲れのところ申し訳ないけど、今からお店で起こったことを詳しく説明してもらえるかな」
犯人がどのタイミングで商品を鞄に入れたのか、どうのルートを進んだのか、その時僕らはどこにいたのか。無機質な質問に淡々と答え、その言葉が紙に記録されていく。
事情聴取には小1時間ほど費やされたが、その間五十嵐さんがお店に残ってくれから何事もなく営業できた。五十嵐さんには助けられてばかりだ。
「二人とも、お疲れさん」
警官が帰ると、藤野店長があらためて僕らを労い、
「こんな時に休憩に出ていてすまない」
と、謝罪をした。
「仕方ないですよ。犯人は店長の休憩を狙っていたかもしれませんし」
「残念だよ。よく来る人だったんだけどなあ」
藤野店長は寂しそうに呟く。犯人は、藤野店長とも何度か話す常連さんだった。
僕らは今後、たとえ常連さんであっても、その人が万引きをする人間かもしれないと疑うようにしなければいない。お客さんにそんな視線を向けることが、残念で仕方がない。
「大友さん、本当に大丈夫?」
「これくらい平気ですよ」
「髪も引っ張られてたって聞いたけど」
「大丈夫です。禿げてませんし」
大友さんはおどけるように言ったが、藤野店長は相変わらず厳しい眼差しを向ける。
「2人とも、もう万引き犯を見かけても絶対追いかけちゃ駄目だからね」
「どうしてですか?」
「もし、犯人がナイフを持っていたら、どうするつもり」
「そんな、漫画みたいなこと……」
「あるんだよ。僕の同僚は過去に万引き犯を追いかけて刺されているんだ」
それを聞いた途端、大友さんは俯きながら「すみません……」と言った。
自分の間違いを受け入れることができる素直さを持っていることが羨ましい。
「それに今回、関係ない人も巻き込んでしまっている。もし通行人がお年寄りや子供だったら、大怪我をしていたかもしれない」
もちろん犯人が悪いのは変わらない。けれど、もし追いかけた先で犯人が逆上し、目の前で通行人に怪我を負わせたら、僕らは悪くないと言い切れるだろうか。
「……でも、悪い人間を黙って見過ごすのは、嫌です」
大友さんは涙目になりながら、自らの正義を振り絞る。
見ているこちらが気恥ずかしくもなるが、羨ましいとすら思う。
「その心意気は立派だけど、実際大友さん自身が危険な目に遭ってるよね」
「これくらい平気ですって」
「大友さん自身は平気かもしれないけど、そういう問題じゃない。スタッフを怪我させちゃいけなし、それ以前に、怪我をした大友さんを見て悲しむ人もいるよ」
「悲しむ人なんていませんよ。あたし、親とか友達いないですし」
藤野店長は、溜息を吐く。
「とにかく、もう追いかけちゃ駄目」
納得しようがしまいが、この場を円滑に過ごすのに自由な選択権なんてない。そういうことも、大友さんは頭では理解していた。
「……わかりました」
大友さんが頷くと、僕らはようやく解放された。
その後すぐに一人で頑張ってくれている五十嵐さんのもとに行き、何度も謝罪をした。
五十嵐さんはいつもと変わらない調子で「じゃ、あとはよろしく」とだけ言い残し、帰っていった。