研修初日は会社の方針や歴史、そして社会人としての振る舞い方を徹底的に叩き込まれた。

想像以上に神経を擦り減らした僕は休憩時間に少しでも体力を回復させておこうと机に突っ伏す。

誰かが頭を強めに突つく。顔をあげると、そこに田中さんがいた。薄橙(うすだいだい)の作業着が全然似合っていない。


「お疲れさま、蒼くん、元気?」

「田中さん。お疲れ。見ての通りだよ」

「災難だったね……」


田中さんは明らかに疲れきった表情を浮かべながら同情する。

午後から行われた『社会人マナー講座』では、スライドを見ながら講師の話を聞くという授業形式だったが、講師は食後の睡魔で(うつ)ろになった僕を見逃さなかった。

運悪く講師に一番近い席にいた僕は、まるで見せしめのように説教を食らった。睡魔に襲われていたのは僕だけではなかったはず。単に僕は運が悪かったのだ。

以後、マナー講座が終わるまでの間ずっと席に立たされ、挨拶やお辞儀などの実践講座では、講師の相手役をやらされた。


「なんか体育会系の訓練校に来た感じだよ。まあでも、立たされている間もこの時間も、お金が発生していると思えば耐えられるかな」


なるべくポジティブに捉えようとしたけれど、心底では納得していなかった。そんな僕を代弁(だいべん)するかのように、田中さんは言った。


「こんなに古典的なことをする会社だとは思わなかったわ。ちょっと幻滅」

「大きな会社だからこそ厳しいのかもしれない。一応は会社のブランドを背負っている訳だし」

「でも、やり方ってのがあるんじゃない?グローバル企業なのに、どうしてこんな一人の人間をいじめるようなことをするのかしら。私は納得できない」


田中さんの怒りは一向に収まりそうにないから、僕は(なだ)め役に徹する。


「まあまあ。でも良かった。田中さんは印象良いみたいだね。講座の実践の時も褒められてたし」

「あんなの、おっさんだから私に甘いだけでしょ」


端麗(たんれい)な彼女の口から吐き捨てられるように言われるそのギャップに、僕だけではなく、周りにいた何人かの同期も吹き出した。

重苦しい空気は一気に吹き飛び、僕らは団結力を高めた。